不動産名義を故人から相続人へと変更するための「相続登記」は、2021年2月10日現在義務化の方向で、今国会で関連法案が提出される見通しです。
成立すると、新不動産登記法が施行されて義務化後の運用が始まります。これを機に相続登記の意義を整理し、土地建物の承継に備えましょう。
この記事では「相続登記の義務化」の背景・罰則その他制度詳細を紹介した上で、未登記のままにするリスクを解説します。
目次
相続登記とは
相続登記とは、所有者が死亡した不動産について、その所有権が相続人に移転したことを公示する(第三者でも一目で分かるよう広く示す)ための手続きです。
そもそも、不動産に対する権利関係は「登記簿」で管理されています。
登記簿管理は地方自治体とは別組織である法務局で行われており、たとえ登記名義人の死亡届が出ていても、名義書換が自動的に行われることはありません。
そこで不動産の相続人となった人は、遺言もしくは遺産分割協議の合意内容に基づき、登記簿の名義を書き換える「相続登記」を行う必要があります。
相続登記の現状
2021年2月現在、所有権移転登記を相続人の義務とする法律はありません。現状の不動産登記法は、あくまでも権利を公示するための手続きについて定めているだけです。
つまり、これまでは実質的に「相続登記は任意で行う手続き」とされていました。長年継続されていた上記の運用は、次の章で紹介するように国家規模の問題を起こしています。
未登記が引き起こした「所有者不明土地問題」とは
国内では、登記事項が古く誰が所有者か分からない「所有者不明土地」が増加傾向にあります。
行政機関で行われた調査によると「登記簿のみでは所有者の所在が確認できない土地」は2018年時点で全国の20.1%(「平成30年版土地白書」より)、さらに「最後の登記から50年以上経過している土地」は2017年時点で大都市の約6.6%、中小都市と中山間地域の約26.6%に及ぶとの結果が出ています(「平成29年法務局調査」より)。
「所有者不明土地」の多くは現地管理者も不在であり、景観悪化・近隣への損害・治安レベルの低下など様々な問題を引き起こします。
見かねた地方自治体が所有者を探索するにしても、登記義務者(=土地の相続人)は最後の相続登記からの経過年数に応じてネズミ算式に増えており、相続人調査と連絡のため多額のコストを負担しなければなりません。
以上の点を踏まえ、政府では「土地の所有者を明確化して現地管理を行き届かせるための仕組み作り」が検討されています。
相続登記の義務化、いつから?
所有者不明土地問題を巡っては、政府で「発生の抑止」と「すでに発生した土地を円滑に利用する仕組み作り」の2本立てで議論が進んでいます。
発生抑止の具体案の中心になっているのが、この記事のテーマである相続登記の義務化です。
相続登記義務化の開始時期
2021年2月10日現在、法制審議会(法務大臣の諮問機関)は、民法及び不動産登記法の改正の要綱案を総会で議決し、法務大臣に答申しました。
今国会で関連法案が提出される見通しです。成立すると新不動産登記法が施行されて義務化後の運用が始まります。
3月に関連法案(民法及び不動産登記法の改正に関するもの)が閣議決定され、施行は2023年度になる見通しです。
相続登記義務化後の罰則
相続登記義務化後の罰則については、2021年2月10日現在、「取得から3年以内に申請しなければ10万円の過料」とする案があります。
ただし一律で過料に処されるわけではなく、何らかの「登記できなかった正当な理由」があれば免除される予定です。
「相続人申告登記」(仮称)の方法
やむを得ない理由で登記期限に間に合わないケースに十分配慮すべきとの考え方から、登記所への報告的な申請(正式な登記申請を行うまでの中間処理)の創設も検討されています。
遺贈による所有権移転登記の簡略化、相続人から登記官に申出があれば登記申請義務を履行したものと見なす「相続人申告登記」(2021年2月10日現在の仮称)です。
本制度が想定しているのは、遺産分割(不動産の持分決定)に時間がかかり、なかなか登記手続きに進めないケースです。
時間がかかる原因として「共同相続人の間での意見対立」や「行方不明になっている相続人の存在」が考えられます。いずれも決して珍しいケースではありません。
上記のように事例については、相続人申告登記によって「当該不動産について特定の相続人による承継手続きが始まっている」という事実報告がなされることを条件に、期限内に正式に登記できなかった場合の罰則を免除する構想があります。
行政側としても、事実報告によって最新の所有者を捕捉しやすくなるメリットが得られます。
所有者不明土地の管理・国有化
その他に、所有者不明土地の管理人を選任する制度、一定の条件+10年分の土地管理費相当額を納付することで所有権放棄を認める制度についても検討がされています。
相続登記義務化のメリット
相続登記の義務化には、これまで相続人の悩みの種だった「市場価値の低い土地」の潜在的な可能性を引き出す効果が期待できます。
登記準備とともに、その先にある売却または収益化(賃貸物件の経営など)が速やかに検討されるようになることで、これまでは“負の遺産”とみなされていた土地が実はそうではなかったと気付けるようになるでしょう。
相続登記義務化のデメリット
同時に「生前の財産目録の作成」と「死後の遺産調査」の各重要性は、今後ますます高くなります。
相続手続き後に万一にも遺産分割未了の土地が見つかると、その経緯によっては期限までに登記できなかった正当な理由にはならない(財産調査が不徹底だった)とみなされ、過料に処されるリスクがあるからです。
相続登記義務化の今後の課題
相続登記の罰則付き義務化は、後述の理由から「土地が未登記のまま放置される根本的原因」の解消手段にはなりません。
そこで、登記義務化と並行化して、相続人の負担を軽減する制度も設けることが今後の課題とされています。
- 登記申請の手続きが面倒: 登記申請の際は、共同相続人の同意や書類収集など手間がかかります。特に高齢者が不動産を承継するケースでは、心身への負担も無視できません。この点については、土地の共有者が多数に及ぶ場合(登記が数世代行われず相続人がねずみ算式に増加している事例など)に提出書類を減らすなど、「登記申請手続きの簡略化」が検討されています。
- 相続で得られる利益がコストに見合わない: 土地を所有すれば、所在地がどこであれ、管理維持費や固定資産税を継続的に負担しなければなりません。これに対し、少子高齢化と人口の大都市一極集中を背景に、地方圏に所在する土地は資産価値が著しく低下しています。このように「利益がほとんど得られない土地建物」が全国には多数あり、相続人の負担になっています。
本論点については、行政側での管理処分を引き受ける仕組み作り(ランドバンクなど)とともに、相続人からの申し出と審査を経て「土地所有権の放棄」を認める制度が検討されています。
義務化前でも相続登記をしないことでのリスク
登記義務化前の現在であっても、登記名義人を被相続人のままにしておくのは考えものです。
下記のように、土地を対象とする取引ができないばかりか、経済的損失を被るリスクすらあるからです。
売却できない
現地の実質的な支配者が相続人であっても、被相続人名義の土地をそのまま売却することはできません。
不動産登記は「権利移転の過程に忠実に行うべき」とされており、相続登記をスキップして買主による所有権移転登記を行うことは認められないからです。
買主の心理で考えても、登記名義が売主でない土地は「実は所有者が存命であり後から返還するよう求められるかもしれない」と疑わざるを得ません。
無断占有者とのトラブルを解決できない
不動産登記とは、第三者に権利関係を証明するための唯一の手段です(=対抗要件)。万が一土地に無断占有者が現れた場合、その退去を求めるにあたって「所有権の存在」が根拠になります。
と同時に、登記名義人が亡くなった人のままでは、上記の権利関係の証明は不可能です。
退去要求に手をこまねいていれば、無断占有者がそのまま土地を「時効取得」を原因として登記申請してしまうでしょう。
損害賠償請求の可能性がある
登記名義人が亡くなった人のままでは、土地建物の修繕業者との取引すら不可能です。
長年メンテナンスされていない不動産は荒廃し、倒壊したり植木の枝葉が散乱したりするなど、近隣に損害を与える可能性があります。
万一の場合は、近隣住民と自治体によって相続人の捜索が行われ、やがて居所が突き止められて原状回復等の要求や損害賠償請求が行われてしまいます。
まとめ
2021年2月現在「相続登記の罰則付き義務化」は目前に迫っています。不動産の承継を控える家庭では、登記申請の手続きの流れを改めて見直し、財産の整理と一覧化を行いながら、相続登記に備える必要があります。
相続登記は申請方法や書類準備で混乱することが多く、制度が大きく変わっても申請手続きの煩雑さにはそれほど変化がないと予測されます。
登記を得意とする司法書士や、相続全般のトラブルや悩みに弁護士に相談し、対策を立てておきましょう。
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遠藤秋乃
大学卒業後、メガバンクの融資部門での勤務2年を経て不動産会社へ転職。転職後、2015年に司法書士資格・2016年に行政書士資格を取得。知識を活かして相続準備に悩む顧客の相談に200件以上対応し、2017年に退社後フリーライターへ転身。
この記事の執筆者:つぐなび編集部
この記事は、株式会社船井総合研究所が運営する「つぐなび」編集部が執筆をしています。
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