遺産相続の時効は、手続きの内容によって異なります。例えば、相続放棄の時効は3カ月、遺留分侵害額請求権の消滅時効は1年、相続税の時効は5年10カ月~7年10カ月、遺産分割請求権には時効はありません。
「亡くなってから多額の借金が判明した」「共同相続人が遺産を独り占めしている」等のトラブルは、相続人に備わる権利に基づいて対処できます。
しかし、そうした権利はいつでも使えるというわけではないのです。前述のようにある時点から一定期間が経てば「時効」が成立し、トラブル対処の根拠になる権利そのものが消滅してしまうのです。
本記事では、相続権や時効の基本的な定義を紹介した上で、相続権に関連する「時効」の種類と過ぎてしまった場合の対処法について紹介します。
1. 相続権の「時効」とは
相続権、つまり「亡くなった人の財産を取得する権利」の中には、財産の取得を実現できるよう様々な権利が付属しています。利益にならない時には相続権自体を放棄することも、法律上認められる権利の1つです。
また、もらい受けた財産の税申告に対する「義務」も、相続権の一部だと考えられます。
以上のような権利義務は守られるべきものですが、いつまでも存在し続けていると「かえって相続に関係する人の法律上の地位を脅かす」と考えられています。
そこで、使われない権利は一定期間後に消滅させる「時効制度」が設けられています。
1-1 相続権とは
相続権に付属する権利として、具体的には以下のようなものが挙げられます。
厳密には、亡くなった人の借金に関するもののように「相続とは関係なく生前から存在する権利」も存在しますが、こうしたものも遺産と一緒に相続人に受け継がれるため、相続権の実現に関わる権利だと言えます。
【相続に関する権利】
- 遺産の取得 or 放棄を決める権利
- 他の相続人に遺産分割を請求する権利
- 最低限の取得分である「遺留分」を主張・請求する権利
- 相続人としての地位や、無視された相続権の回復を求める権利
- 亡くなった人の借金について「返済義務がない」と主張する権利
また、先で紹介した通り、下記のような「税申告の義務」も相続権に付着しています。
【税に関する権利義務】
- 相続税や贈与税を申告する義務
- 払いすぎた相続税や贈与税を還付してもらう権利
1-2 法律上の「時効」とは
法律上の時効とは、当初の事実関係や約束事に関わらず「権利を取得した」もしくは「元々あった権利や義務が消滅した」とみなすまでの期間のことです。
また、時効期間が経過する事を「時効が成立する」と言い、以下の解説でもこの表現を使っています。
法律用語として正確に説明するなら、請求手続きや裁判等で時効成立を延期できる場合は「取得時効」あるいは「消滅時効」、どうあっても時効成立を延期できない場合は「除斥期間」と呼び分けられています。
ここまで説明した時効の定義は、より身近な表現で言い換えて「ある権利に基づいて手続きできる期限」と理解できます。
2. 相続権に関する主な7つの時効
相続権に付属する権利の時効期間は、1年・3年・5年・10年・20年……とのようにまちまちです。以下では、計7種類の時効期間が設けられている権利を挙げ、どんなケースで使えるのかを含めて解説します。
2-1 相続放棄の「時効」
相続放棄とは、遺産をもらい受ける権利そのものを放棄する行為を指します。手続きが行われるケースとして、遺された多額の借金などが原因で「相続しても利益にならない」と判断せざるを得ない状況が挙げられます。
相続放棄の時効は「熟慮期間」と呼ばれ、正確には家庭裁判所で行うべき手続きの期限のことを指します。相続放棄の時効、つまり熟慮期間は自己のために相続が開始されたことを知った時から3か月です(民法第915条)。
簡単に言えば、死亡の知らせを受けた時から3か月経つ前に家庭裁判所での手続きを始めなければなりません。
2-2 債務の「消滅時効」
債務の消滅時効とは、契約の相手方に対して負う何らかの義務がなくなる期間を指します。具体的には、亡くなった人にある「消費者金融や銀行からの借入金」や「個人商店で仕入れる際の後払い分(買掛金)」などが挙げられます。
相続する債務に関してポイントになるのは、生前に始まった消滅時効成立のカウントは相続人に引き継がれる点です。
なお、時効成立までの期間に関しては、2020年4月施行の新民法の影響で「債務を負った時期」によって若干の違いがあります。
【2020年3月までに生じた債務】
2020年3月までに負った債務には、旧民法にある「債権者が権利を行使することが出来る時から10年」の消滅時効が適用されます(第166条・第167条)。
権利を行使することができる時とは、具体的に「約束の期日になっても返済しなかった時」や「裁判所で債権回収の手続きを取られた時」などを指します。
消滅時効の例外として、相続する可能性の高い債務の一部は下記のように期間が短縮されます。
商事債権(借金の相手が消費者金融や銀行だった場合) | 5年 | 旧商法第522条 |
医療費や調剤費の支払い義務 | 3年 | 旧民法第170条1号 |
弁護士や公証人の報酬 | 3年 | 旧民法第172条 |
個人商店等の買掛金 | 2年 | 旧民法第173条1号の1 |
教育者に支払う必要経費 | 2年 | 旧民法第173条3号 |
1か月以下の短期間使用する人への給料 | 1年 | 旧民法第174条の1号 |
飲食店での「つけ払い」 | 1年 | 旧民法第174条4号 |
【2020年4月以降に生じた債務】
2020年4月以降に負った債務には、新民法の規定(第166条1項)が適用されています。
ごく簡単に言えば、債務の消滅時効は種類に関わらず「約束の期日になっても返済しなかった時」や「裁判所で債権回収の手続きを取られた時」から5年で統一されました。
旧民法と新民法の違いを説明すると、上の表にあった短期消滅時効の規定が全て廃止される代わりに、新しく「債権者が権利を行使することができると知った時から5年」の統一基準が導入されています。
とはいえ、実際に行われる金銭貸借契約や給付の約束では、旧民法からあった「債権者が権利を行使することができる時」と新基準を明確に区別できません。
以上の点から、債務の消滅時効期間は5年で統一されたと解釈されるのが一般的です。
2-3 遺留分侵害額請求権の「消滅時効」
遺留分侵害額請求権とは、遺言書や遺産分割協議によって多額の相続をした人に対し、得られなかった最低限の取得分(=遺留分)を金銭等で支払うよう求める権利です。2019年7月の法改正までは「遺留分減殺請求権」と呼ばれていました。
遺留分侵害額請求権の消滅時効は、相続開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年です(民法第1048条)。
分かりやすく言い換えれば、亡くなった事実に加えて「多額の生前贈与があった」もしくは「遺言書で多額の財産をもらい受けた人がいる」と知った時から1年以内に遺留分を支払うよう求めなければ、以降は請求できなるのです。
2-4 相続回復権の「消滅時効」
相続回復権とは、無断で遺産分割した相続人に財産を渡すよう求めたり、戸籍等に記載されていない「相続人の資格」を回復するよう求めたりする権利です。
相続回復権の消滅時効は「相続権が侵害された事実を知ってから5年」もしくは「相続開始の時から20年」です(民法第844条)。
例えば、無断で分割された遺産を取得したい場合、少なくとも5年以内に請求に着手する必要があります。
仮に相続回復権を使うべきだということを知らない状況が続いても、死亡から20年経ってしまった時点で権利に基づく請求は不可能になります。
2-5 相続税の「時効」
相続税の申告は義務であり、亡くなってから10カ月以内に行わなくてはなりません。
無申告や申告漏れがあるケースでは場合は「賦課権」、申告しても滞納している場合は「徴収権」に基づいて納税を命じられますが、どちらも下記のように一定期間経てば消滅します。
- 相続税の賦課権(課税額を強制的に確定させる権利)の除斥期間: 申告期限から5年、申告で不正があった場合は7年に延長(国税通則法第70条)
- 相続税の徴収権(課税額を納付させる権利)の消滅時効: 法定納期限から5年(国税通則法第72条)
2-6 贈与税の「時効」
贈与税の申告もまた義務であり、財産をもらい受けた年の翌年2月1日~3月15日に行わなくてはなりません。
無申告・申告漏れ・滞納があるケースでは「賦課権」や「徴収権」に基づいて納税が命じられますが、どちらも一定期間経てば消滅する点は相続税と同じです。
贈与税の徴収権や、申告で不正があった場合の賦課権に関しては、やはり相続税と同じ消滅時効期間が規定されています。
一方、悪意なく無申告や申告漏れがあるケースで適用される「賦課権」の除斥期間に関しては、相続税よりも長い6年とする特則(相続税法第36条)があります。
2-7 共同相続人による遺産取得の「時効」
共同相続人が分割に応じず遺産を占有し続けた場合、民法第162条で規定される「取得時効」が成立します。
いったん取得時効が成立すると、遺産分割に応じてもらえなかった人の持分が占有者のものになったと法律上解釈されるため、以降は分割を求められません。
上記ケースでの取得時効期間は「占有開始から10年または20年」とされていますが、実際に時効成立に至るのは数次相続(※同一の財産について繰り返し相続が起こること)のような特殊ケースだけだと考えられます。
【数次相続で遺産の取得時効が成立する仕組み】
取得時効は期間経過以外にも成立要件があります。要件の1つにあるのが、占有者の「所有の意思」です。法律解釈上の「所有の意思」を簡単に言えば、占有物について自分のものだと確信することです。
当然ですが、分割を求められているにも関わらず遺産を独占するのは「占有物が相続人の共有物だ」と知った上でのことです。
したがってこの場合、所有の意思はないと判断でき、取得時効は成立しません。
例外的に所有の意思が成立するのは、問題の占有者が死亡し、占有者の世代で遺産分割が必要だったと知らずに相続するようなケースです。
このような場合は、万一遺産分割を求められても取得時効の成立を根拠に拒否できます。
3. 時効がない相続に関する権利とは
相続権に付属する権利のうち、下記2種類は時効がありません。しかし、いつまで経っても権利を使わないようでは、遅かれ早かれ不利益を被ります。その理由とは何でしょうか。
3-1 遺産分割請求権に”時効”はない
「遺産分割して自身の取得分を単独名義にしたい」と求める権利に関して、消滅時効の規定はありません。
分割されない遺産は、基本的に亡くなった人の名義のまま相続人の共有物として扱います。
このままでは、遺産の管理処分にあたって「共有者全員の同意」が毎回必要になるばかりでなく、名義人として本人確認が取れないことが原因で、そもそも管理処分行為ができない可能性すらあります。
以上の問題点を考え、遺産分割は早めに請求すべきです。
3-2 相続登記に”時効”はない
不動産の所有名義を変更する手続きである「相続登記」も、手続きする権利に消滅時効はありません。
とはいえ、民法では「登記するまで第三者への所有権主張は不可」とされています(民法第177条)。
この規定により、売却しようとしても「登記簿上は所有者でない」との理由で売買取引を断られてしまったり、土地に無断占有者が現れても法的に退去手続きを求められなかったりするトラブルが、遅かれ早かれ生じてしまいます。
また、長らく相続登記されず所有者が分からなくなった土地の問題を受け、一定期間内に登記しなければ過料に処すとする「相続登記の義務化」も2020年~2021年の間に実現する予定です(※参照: 「法務省」サイト内ページ)。
以上の問題点を踏まえると、やはり相続登記は早々に済ませるべきです。
時効が過ぎてしまったら?
相続権に付属する各権利の時効が過ぎてしまった場合、発生した相続トラブルにはどう対処すればいいのでしょうか。以降では、時効成立後も権利を使う方法や、権利行使の代わりになる手段について解説します。
3-3 相続放棄、時効後の対処法
熟慮期間を過ぎてからの相続放棄は、家庭裁判所へ事情を説明することで例外的に認めてもらえる可能性があります(最高裁判例昭和59年4月27日)。事情説明は書面で行う必要があり、この書き方が問題になります。
家庭裁判所を納得させられる内容と文面にするには、同様のケースを扱った経験や判例知識が必須です。資格者が代理人を務めることで法的な信頼が得られる点も踏まえ、弁護士に事情説明書の作成を任せるのがベストです。
3-4 遺留分侵害額請求権、時効後の対処法
遺留分侵害額請求権の時効を過ぎてしまった場合、少なくとも時効が成立するまでに「請求を開始する」と通知していたかどうかで対処法が変わります。
時効成立までに請求開始を知らせていたケースでは、遺留分を支払ってもらう権利が「金銭債権」に変化し、亡くなった人に借入金がある場合などと同じく5年(旧民法では原則10年)の消滅時効が適用されます。
一方、時効成立までに請求を開始しなかったケースでは、より時効期間の長い別の権利を主張できないか検討します。主張できる権利としては、状況別に以下のものが考えられます。
【時効成立までに遺留分請求を開始しなかったケースでの対処法】
- 無断で遺産分割されていた場合:「相続回復権」の主張: 原則5年・遅くとも相続開始から20年で時効成立
- 遺産の使い込みがある場合:「不当利得返還請求権」の主張: 金銭債権と同じく、改正民法では5年・旧民法では原則10年で時効成立
3-5 相続回復権、時効後の対処法
相続回復権の時効が成立してしまった場合は、相手方に対し、判例で「時効成立を主張できない」とされる要件を指摘する対処法が考えられます。
【相続回復権の消滅時効成立を主張できない要件】※以下いずれか
- 法定相続分より多く受け取っている
- 遺産の全容を他の相続人に開示しなかった
- 遺産分割協議を持ち掛けることなく、無断で遺産を独占した
参考: 最高裁判決昭和53年12月20日など
上記要件のどれかに当てはまっているケースでも、法的に時効成立を否定してもらえるかはケースバイケースです。また、指摘する事実に関しては、相続回復権を使おうとする人自身で証明しなければなりません。
個別のトラブルに関しては、相続の悩みに強い弁護士に状況分析してもらう必要があります。
3-6 相続税、時効後の対処法
賦課権と徴収権が消滅した場合、本来期限内に行うべきだった相続税申告を実施するかどうかは相続人の判断に委ねられます。
しかし、これはあくまでも理論上のことです。税務署が見逃し、時効成立に至るケースは、実際にはほとんどありません。
税務署は国税総合管理システム(KSKシステム)を通じて、亡くなった人や相続人の資産状況を管理しています。
不審な点があれば、正しく税申告されているか確認するための「税務調査」が行われ、時効成立前に課税額の決定と徴収が始まります。
また、税務調査で無申告や申告漏れが発覚した場合、調査前に正しく申告した場合に比べて追徴課税が上乗せされてしまうデメリットもあります。
以上の現状を踏まえて、時効成立を期待するのではなく、無申告に気付いた時は「期限後申告」、申告漏れに気付いた時は「修正申告」を行うのが通常です。
3-7 贈与税、時効後の対処法
贈与税に関しても、賦課権・徴収権の時効成立に至ることはほとんどありません。同じく、無申告や申告漏れに気付いた時点で速やかに「期限後申告」あるいは「修正申告」を行うのが一般的です。
4. その他の時効
ここまで解説した時効にかかる権利以外にも、相続関連する手続きの中には「消滅時効の規定に基づく期限」が定められているものがあります。
4-1 準確定申告の時効
亡くなった人が最後の年に得ていた所得は、相続税とは別に申告しなければなりません。この手続きは「準確定申告」と呼ばれます。準確定申告に関する「賦課権」「徴収権」の時効は、相続税と共通しています。
- 相続税および準確定申告の賦課権(課税額を強制的に確定させる権利)の除斥期間: 申告期限から5年、申告で不正があった場合は7年に延長
- 相続税および準確定申告の徴収権(課税額を納付させる権利)の消滅時効: 法定納期限から5年
4-2 保険金請求の時効
死亡保険金の請求は忘れられがちですが、保険法の消滅時効規定に沿って「死亡から3年以内」の手続き期限が定められています(第95条)。
一部の保険会社では消滅時効より長い手続き期限を設けていますが、いずれにしても期限後の請求に対応してもらえるかは状況によります。
万が一手続き期限後に保険金請求を始めることになった場合は、まず保険証券に書かれたカスタマーセンターに問い合わせて対応を確認しなければなりません。
積極的に支払いに応じてもらうためには、弁護士や司法書士を請求代理人にするのが効果的です。
5. まとめ
相続権に付属する権利は、遺産取得や利益にならない財産を手放す際の根拠になります。しかし、そのほとんどには「時効制度」があり、相続トラブルに対処する上では早めの行動が求められます。
【遺産相続の7つの”時効”】
- 相続放棄:3か月
- 被相続人の債務:原則5年または10年(債務を負った時期による)
- 遺留分侵害額請求権:1年
- 相続回復権:原則5年
- 相続税の賦課権:原則5年
- 贈与税の賦課権:原則6年
- 共同相続人による遺産の取得時効:10年または20年
時効成立後に何らかの権利を主張してトラブル対処に当たろうとする場合、他の権利の成立要件や過去の判例に沿って対処法を考える必要があります。この点は自己判断が難しく、相続分野に通じた専門家に任せるべきでしょう。
時効を意識しなければならない状況に直面した時は、速やかに弁護士もしくは司法書士に相談することをおすすめします。
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遠藤秋乃
大学卒業後、メガバンクの融資部門での勤務2年を経て不動産会社へ転職。転職後、2015年に司法書士資格・2016年に行政書士資格を取得。知識を活かして相続準備に悩む顧客の相談に200件以上対応し、2017年に退社後フリーライターへ転身。