相続税における非課税枠で大きな「配偶者控除」。
手厚い制度であるものの、利用の仕方によっては損をしてしまうこともあります。
配偶者控除を利用するときには今回の相続だけを考えるのではなく、先々まで視野に入れた判断が必要と言えそうです。
相続税の配偶者控除とは
配偶者控除とは、配偶者には一定の金額までは相続を掛けないこととしている制度のことで、正式には「配偶者の税額の軽減」と言います。
夫婦のいずれか一方が亡くなり、その配偶者が財産を取得した場合には、配偶者のその後の生活保障の観点から、またその財産は夫婦で協力して築いてきたものであるという観点から生まれた制度です。
配偶者の税額の軽減は、一般的に相続税の配偶者控除といわれることも多いため、今回は配偶者控除としてご紹介いたします。
具体的には被相続人の配偶者が取得した正味の財産額が次のいずれが多い金額までは配偶者に相続税がかかりません。
- 1億6千万円
- 配偶者の法定相続分相当額
配偶者の法定相続分
配偶者については、法定相続分相当額までは相続税がかからないと述べましたが、では配偶者の法定相続分とはいったいどのように定められているのでしょうか。
配偶者の他にどのような相続人が存在するかで相続分は異なります。
①相続人が配偶者のみの場合: 財産の全て
②配偶者と子供が相続人の場合: 財産の2分の1
③配偶者と親が相続人場合: 財産の3分の2
④配偶者と兄弟姉妹が相続人場合: 財産の4分の3
配偶者控除を受けることができる人
相続税の配偶者控除を受けるためにはいくつか要件があり、それを全て満たしている必要があります。
条件①戸籍上の配偶者
相続税の配偶者控除における配偶者とは、戸籍上の配偶者となります。
戸籍上の配偶者とは被相続人との婚姻の届出をしている人ということであり、いわゆる内縁の夫や妻に対してはこの制度が適用されません。
なお、戸籍上の配偶者であれば、婚姻期間の長短は問われません。
婚姻期間が1年であっても30年であってもこの制度が適用されます。
条件②財産隠しをしていないこと
配偶者控除の対象となる財産には、仮装または隠蔽されていた財産は含まないとされています。
仮に相続税の申告の後に税務調査があり、被相続人の財産を意図的に少なく申告していた事が分かった場合、その財産を相続財産に含めた上で修正申告をし、追加の税金を支払うこととなります。
この場合にその隠蔽していた財産を例え配偶者が取得したとしてもその財産については配偶者控除の適用は認められません。
条件③相続税申告書を提出すること
配偶者控除の適用を受けるためには相続税の申告書の提出が必須です。
相続財産の総額が1億6千万円以下でその全ての財産を配偶者が取得した場合、相続税は0円となりますが、たとえ相続税が0円であったとしても相続税の申告書は提出する必要があります。
0円だからといって申告書の提出を失念したために配偶者控除の適用を受けることができず、後から多額の税金を支払うなんてことになりかねませんので必ず申告書は提出するようにしてください。
条件④遺産分割が確定していること
配偶者控除は被相続人の財産を配偶者が取得したからこそ適用される制度なので、配偶者が財産を取得することが決まっていない財産対してはこの制度の適用はありません。
特に遺言書がない場合には、各相続人が遺産分割協議を行ない、誰がどの財産を取得するかを決定します。
この遺産分割協議により配偶者が取得すると確定した財産についてのみこの制度が適用されます。
ただ、相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合もあります。
申告期限までに遺産分割がまとまらない場合には、ひとまず法定相続分で遺産分割したと仮定して作成した申告書を提出し納税します。
この申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付します。なお、この申告においては配偶者控除の適用はできません。
配偶者が取得する財産が確定していないため控除額が計算できないからです。
実際に遺産分割協議がまとまった時にようやく、配偶者控除の適用を受けることができます。
ただし遺産分割がまとまった日の翌日から4ヶ月以内に「更正の請求」という手続きが必要となります。
配偶者控除を受けるための申請と必要書類
配偶者控除を受けるためには、「配偶者の税額軽減の計算書」を記載した相続税の申告書を提出する必要があります。
さらに相続税の申告書とともに提出が必要な書類としては、以下のものがあります。
- 戸籍上の配偶者であることの証明として: 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等
- 配偶者が取得した財産であることの証明として: 遺産分割協議書の写しや遺言書の写し(遺産分割協議書の写しには相続人の印鑑証明書を添付する必要アリ)
- 申告期限までに遺産分割がまとまらない場合: 申告期限後3年以内の分割見込書
なお、相続税の申告は被相続人の死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内にする必要があります。
しかしうっかり申告期限を過ぎてしまった場合(期限後申告)でも配偶者控除の適用は可能です。
たとえ遅れてでも申告書は必ず提出してください。
また、いったん相続税の申告をした後に新たに相続財産が見つかったために修正申告をするケースもありえますが、修正申告においてもその財産について配偶者控除の適用は可能です。
隠していた遺産は配偶者控除を受けられない
先ほど修正申告においても配偶者控除の適用が可能と述べましたが、これは相続人の誰もが存在を認識していなかった財産が見つかった場合を指します。
しかし、相続人誰かが他の相続人に知られまいとして仮装や隠蔽を行い、意図的に相続財産を隠して相続税の申告の対象としなかった場合において、後の税務調査において財産漏れが発覚し、修正申告を行なったときは、意図的に相続財産から除外された財産については修正申告時に配偶者控除の適用を受けることはできません。
相続人が協力し合い、相続財産を適正に計上する必要があります。
配偶者控除には落とし穴が!
配偶者控除は1億6千万円または法定相続分まで相続税がかからないとても手厚い制度ですが、今回の相続税(一次相続)を安くしたいからと配偶者控除を使いすぎると、逆にデメリットが生じる場合があります。
というのも、相続というのは今回の1回限りで終わるのではなく、配偶者が取得した相続財産はいずれその子への相続(二次相続)が見込まれます。
一次相続と二次相続トータルで考えた上で配偶者控除の適用を考えないと、結果として子の負担する相続税が重くなってしまう場合があります。
具体的な計算例
それでは具体的な税額計算例を見ていきましょう。
まず配偶者控除そのものはどのように計算されるのか、そして二次相続も考慮した場合に税額がどのように異なってくるかを解説します。
相続税の配偶者控除の計算例①
まず妻の法定相続分は子がいるため2分の1となります。したがって妻の法定相続分は1億円となります。
次に配偶者控除額ですが、「1億6千万円」と「法定相続分」のいずれか多い金額です。
配偶者控除額: 1億6千万円>法定相続分(1億円)
したがって今回の場合の配偶者控除額は1億6千万円となります。
遺産総額2億円のうち妻が実際に相続する財産が1億6千万円以下であれば無税となり、1億6千万円を超えて相続すれば、その越えた部分に対し相続税がかかります。
相続税の配偶者控除の計算例②
今回も妻の法定相続分は子がいるため2分の1となります。したがって妻の法定相続分は3億円となります。
次に配偶者控除額ですが、「1億6千万円」と「法定相続分」のいずれか多い金額です。
配偶者控除額: 1億6千万円<法定相続分(3億円)
したがって今回の場合の配偶者控除額は3億円となります。
遺産総額6億円のうち妻が実際に相続する財産が3億円以下であれば無税となり、3億円を超えて相続すれば、その越えた部分に対し相続税がかかります。
なぜ二次相続を考える必要があるのか
二次相続を考えずに安易に配偶者控除を適用するとかえってトータルの税額が高くなる場合もあることを述べましたがなぜ二次相続も考慮する必要があるのでしょうか。
ポイントとして以下の点があります。
- 二次相続では配偶者控除は使えない
- 二次相続では相続人が一人減るため基礎控除が減るうえ、税率が上がる可能性がある
- 二時相続では配偶者自身の財産も加算される
特に②において基礎控除(3,000万円+600万円×相続人の数)が減るのも大きいですが、相続人の数が一人減るのも税額計算に大きく影響します。
相続税は財産総額をいったん法定相続分で割ることで、「法定での相続人一人あたりの割り勘額」を出します。この「割り勘額」に税率を乗じます。
相続税下記の通り「相続人一人あたり割り勘額」に応じて税率を区分し、多ければ多いほど高い税率を設定しています。
これを累進課税といいます。相続人が減ると割り算する人数が減るため、1人あたりの割り算額が大きくなります。
割り勘額が大きくなれば累進課税によって税率も高くなります。
二次相続において相続人が一人減るということは大きな影響があります。
【相続税の速算表】(平成27年1月1日以後の場合)
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | - |
3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
1億円以下 | 30% | 700万円 |
2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
二次相続の計算例
一次相続で父が死去した後に母が死去し、二次相続が発生した場合にかかる相続税がどのようになるかを計算例にもとづいて見てみましょう。
【一次相続で母が100%財産を取得した場合】
- 一次相続の相続税 0円
母の相続税: 相続財産が1億円で配偶者控除が1億6千万円となるため税額はゼロ
子の相続税: 相続財産を取得していないため税額はゼロ
- 二次相続の相続税 4860万円
課税の対象の総額: 2億円
税率区の決定: 2億円-基礎控除(3600万円)=1億6400万円 税率は40%
税額の総額: 1億6400万円×40%-1700万円=4860万円
【一次相続で母が50%財産を取得した場合】
- 一次相続の相続税 385万円
相続税の総額をまず算出し、それを財産の取得割合に応じて各相続人に按分します。
課税対象の総額: 1億円-基礎控除(4200万円)=5800万円
税率区の決定: 5800万円÷2人=2900万円 税率15%(課税の対象総額を相続人の数で割ります)
税額の総額: 2900万円×15%-50万円=385万円 385万円×2人=770万円
母の相続税額: 母の相続分5,000万円は1億6千万円以下のため配偶者控除によりゼロ
子の相続税額: 770万円×50%=385万円
- 二次相続の相続税 2860万円
課税の対象の総額: 1億5000万円
税率区の決定: 1億5000万円-基礎控除(3600万円)=1億1400万円 ∴40%
税額の総額: 1億1400万円×40%-1700万円=2860万円
いかがでしょうか。一次相続で母が100%取得すれば一次相続だけ見れば得な気がします。
しかし二次相続では父の財産の他に母自身の財産も乗ってくるため、相続財産額が増えます。
さらに相続人が減るために税率区分が上がってしまいます。
一次相続で配偶者控除を取りすぎたことで二次相続も合わせたトータルの相続税が高くなってしまう計算例です。
二次相続を踏まえた遺産分割が重要
先ほどの計算例のように、一次相続だけでなく二次相続も考えた上での遺産分割をしないと二次相続で多くの税負担を強いられることになりかねません。
計算例のように、二次相続で多くの相続財産を子へ相続させるよりも一次相続と二次相続で財産をうまく分散させた方がトータルでの相続税が少なくなります。
その際に、一次相続後の配偶者に必要な生活費がひとつのポイントとなります。
その後安心に暮らしていける金額を配偶者が相続し、残りを子が相続すればよいでしょう。
相続税の配偶者控除で失敗しないためのポイント
さて、今まで配偶者控除の全体像をみてきましたが、この制度において失敗しないためのポイントをまとめておきましょう。
ポイント①配偶者控除の適用には申告書の提出は必須
相続財産が基礎控除額以下であれば相続税はゼロのうえ、申告書の提出は必要ありません。
しかし配偶者控除の適用を受けて相続税がゼロになったとしても申告書の提出は必要です。
申告書を提出せず多額の納税や罰金を課されることのないようにしましょう。
ポイント②申告期限までに遺産分割がまとまらなければひとまず納税
配偶者控除は遺産分割協議が申告期限までにまとまっていることが前提です。
申告期限までにまとまっていない場合にはそのまとまっていない財産に対しては配偶者控除の適用はありません。
「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出することで、分割がまとまった時に更正の請求という手続きにより配偶者控除が適用されひとまず納税した税金の一部または全部の還付を受けることができます。
ポイント③配偶者控除を使いすぎるとデメリットも
配偶者控除そのものはとても手厚い制度ですが、一次相続において配偶者に過度に財産を分割すると次の子の世代への相続において余計な負担を生じ、一次相続・二次相続トータルでの相続税負担が増えてしまう場合があります。
その原因として以下の点に注意が必要です。
- 二次相続では配偶者控除は使えない
- 二次相続では相続人が一人減るため基礎控除が減るうえ、税率が上がる可能性がある
- 二時相続では配偶者自身の財産も加算される
配偶者の残りの生活を考え、生活費として十分に最適な金額を相続させることがポイントです。
ポイント④二次相続をふまえた遺産分割を
相続は今回の1回かぎりではなく、二次相続、三次相続と連続して発生するものです。
さらに配偶者控除のほか、小規模宅地の特例など相続税には多くの特例措置もあります。
これら多くの要因が合わさって最終的な相続税額が決定されます。
一次相続における遺産分割は二次相続のことも考え、さらに相続財産の内容に応じて適用できる特例措置も考えたうえで遺産分割をまとめる必要があります。
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安井貴生
税理士。税理士法人に所属して活動しており、法人税決算から税務申告・税務調査立会、経営相談まで幅広く業務を行っている。最近は、相続や事業承継案件、M&Aなどの取扱いが増加中。土地や非上場株式などの財産評価を得意とするが、節税ありきではなく相続人全員が納得する相続業務を何よりも重視している。