相続税額は財産を取得した人ごとに計算しますが、申告書の作成・提出は代表者1名でやるのが一般的です。
めいめい自分の相続税申告書を作って提出することも可能ですし、それが原則とされていますが、デメリットが多いため実務ではあまり採用されません。
本記事では、相続税申告を連名にしないことの3つのデメリットや、別々で申告したいときの対処法を紹介します。
目次
1. 相続税申告は相続人ごと別々にすることも可能
相続が開始して相続税の申告は通常相続人全員がひとつの申告書に連署・押印しますが、必ず相続人全員が共同で申告しなければならないという決まりはありません。
むしろ税法上は、相続や遺贈で財産を取得した人それぞれに申告義務が生じるため、各々申告書を作って別々に提出するのが原則です。
したがって、不仲等の特殊な事情がある場合は、自分の分だけ単独で相続税申告し、他の親族は各々の判断でやってもらうとしても構わないのです。
2. 相続税申告を相続人ごと別々にして、連名にしないことの3つのデメリット
ひとつの相続について相続税の申告を相続人ごと別々にすると、申告内容に矛盾が生じて税務調査が入る確率が高くなります。
ここでは、相続税申告を相続人ごと別々にして、連名にしないことの3つのデメリットを紹介します。
デメリット①:相続人によって申告内容が異なるため税務調査の対象になりやすい
財産の取得者ごとに相続税の申告書を提出するということは、課税計算の知識レベルに応じて2パターン以上の申告内容が生ずる余地が生まれるということです。
1つの相続につき、内容の異なる複数の申告書が税務署に届くことになれば、その矛盾は当然税務署の職員の目に留まります。
矛盾の状況や度合いによっては、本格的な税務調査が始まり、自宅に調査官が来るかもしれません。
デメリット②:税務調査が入った場合、修正申告や追徴課税の対象になりやすい
ひとつの相続について税務調査において相続人ごと別々に税額を計算し申告書を提出している場合、申告内容に矛盾があれば税務調査の終了後調査官が指摘します(指摘事項)。
指摘事項について税務署と税理士が調整した後、申告した相続税額が少なかったと判断されたときは修正申告をすることになり、次のような追徴課税が行われることになります。
①過少申告加算税
税務調査で申告した相続税額が少なかったと判断された場合、5~15%の税率で過少申告加算税が課税されます。
②重加算税
申告漏れがあった場合その理由が相続税を逃れるために相続財産を隠していたというような悪質な脱税行為によるものであったときは、過少申告加算税に代えて35%の税率で重加算税が課税されます。
③延滞税
相続税は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に申告納付する必要があります。
この申告・納付期限内に相続税額を完納しなかった場合、またはこの期限後に修正申告や更正・決定によって納付すべき相続税額があると分かった場合に、過少申告加算税や重加算税にプラスして延滞税が課税されます。
延滞税の税率は、納付期限から2か月までは「7.3%」と「特例基準割合+1%」のいずれか低い方、納付期限から2か月を超えると「14.6%」と「特例基準割合+7.3%」のいずれか低い方となっています。
特例基準割合とは、国内銀行の貸出平均金利に1%をプラスした数字で、毎年変わりますが、近年では1%そこそことなっており、ここ数年の傾向からはこれが「7.3%」「14.6%」を超えることはないであろうと考えられています。
デメリット③:相続人ごとに税理士に依頼することになり、税理士費用が割高になる
相続税の申告を一人の税理士にまとめて依頼することができれば、一人分の税理士費用だけで済むところ、相続人ごと別々に依頼するとその分税理士費用が膨れ上がっていきます。
たとえば相続人が5人いて一人の税理士に依頼した場合は100万円であった税理士費用が、8人の相続人が別々の税理士に依頼すると税理士費用が総額500万円になります。
8人の相続人が共同で依頼した場合には一人あたり20万円であった税理士費用が、単独で依頼すると100万円になるのです。
3. 相続税申告を相続人ごとや、兄弟別々にしたい理由別の対処法
それでも、相続税申告を相続人ごとや、兄弟別々にしたい場合もあるでしょう。
そのようなときはどのように対処すればよいのでしょうか。
ここでは、相続税申告を相続人ごとや、兄弟別々にしたい場合の対処法を紹介します。
3-1 相続人全員が集まることが難しい場合
相続税は被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に申告納付しなければなりません。
相続人全員が集まることが難しい場合には遺産を法定相続したものとして、後の修正申告を前提にめいめい期限内に申告します。
なお「小規模宅地の特例」「配偶者の税額軽減の特例」は分割が決まっていない場合には適用されません。
そこで未分割申告で「小規模宅地の特例」や「配偶者の税額軽減の特例」を使用したい場合には、「3年以内の分割見書」を添付して、遺産分割が決まったときに適用できるようにする必要があります。
3-2 他の相続人には知られたくないことがある場合
死亡保険金・死亡退職金等の一部の財産は、受取人固有の権利となるため、遺産分割協議で身内に公表する必要がありません。
加えて相続税申告書も単独で作成・提出すれば、自分だけ多額のお金を受け取っていることを終始家族に伏せたままにできます。
しかし上記のようなケースでは、、当然のことながら申告内容に食い違いが生じます。
これを見て税務調査が入れば、調査や追徴課税のせいでかえって身内に迷惑をかけることになるでしょう。
3-3 遺産分割、遺産分割協議ができていない場合
相続が開始したが、遺産分割協議がまとまらない、相続人が行方不明、財産調査に時間がかかるなどの理由により遺産分割、遺産分割協議ができない場合は、相続税申告納付期限(被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内)にとりあえず未分割のまま法定相続分で相続税額を計算・申告をして、後に遺産分割してから修正する方法を採ります。
残る問題は、期限内申告でないと適用不可とされる税制上の優遇措置ですが、これについては問題ありません。
3年以内の分割見込書と呼ばれる書面を期限内に出すことで、民法の「遺産分割は相続開始の時にさかのぼって効力を生ずる」(第909条)との条文も考慮され、修正申告の際に例外的に適用されるようになります。
4. 相続税申告を相続人ごと別々にする場合は、申告書第1表及び第1表(続)の記載に注意
今回の相続における相続税が課税される財産、各相続人の税額、税額控除一覧を記載します。
相続税額を計算したものを集約する票になります。
なお相続人が3人以上の場合には相続税申告書第1表(続)を使用します。
⑴課税価額の計算
①第11表の各相続人の金額を転記し、合計額を被相続人欄に記載します。
②相続時精算課税制度を利用して財産を受け取った者がいる場合、第11表の2⑦欄の金額を転記し、合計額を被相続人欄に記載します。
③債務及び葬儀費用=第13表⑦欄の金額を転記し、合計額を被相続人欄に記載します。
④純資産額=取得財産の価額∔相続時精算課税適用財産-債務及び葬儀費用の金額、その合計額を記載します。
⑤純資産額に加算される暦年課税分の贈与財産価額=相続発生から3年以内に受け取った贈与財産がある場合、第14表1④欄に各相続人の金額を転記し、合計額を被相続人欄に記載します。
⑥課税価額=純資産価額∔純資産価額に加算される暦年課税分の贈与財産価額(1,000円未満切り捨て)
⑵各人の算出税額の計算
法定相続人の数、遺産に係る基礎控除額(3000万円+600万円×)法定相続人の数
①相続税額=第2表⑦欄の金額を転記します。
②あん分割合=各相続人の課税価額/課税価額の合計額
③算出税額=相続税の総額×相続人のあん分割合
④相続税額の2割加算が行われる場合の加算金額
相続人のなかに2割加算の対象となる者がいる場合、第4表②の金額を転記します。
⑶各人納付・還付金額の計算
①暦年課税分の贈与税控除額
相続発生日から3年以内贈与について贈与税を支払っている場合は、第4表2㉕欄の金額を転記します。
➁配偶者の税額軽減額
第5表ハまたはへの金額を転記します。
③未成年者控除額
相続人に未成年者がいる場合は、第6表2②、③または⑥欄の金額を転記します。
④障害者控除額
相続人に一般障害者、特別障害者がいる場合は、第6表2②、③または⑥欄の金額を転記します。
⑤相次相続控除額
今回の発生前10年以内に被相続人が相続税を納付した相続がある場合控除を受けられます。
第7表で計算し、第7表⑬またはま⑱欄の金額を転記します。
⑥外国税額控除額
今回の相続財産に外国で相続税に相当する税金を支払っている場合は、一定金額控除を受けることができます。
第8表で金額を計算し、第8票1⑧欄の金額を転記します。
⑦計
⑧差引税額
算出税額+相続税額の2割加算が行われる場合の加算金額-税額控除合計額
⑨相続時精算課税課税分の贈与税額控除額
相続時精算課税制度利用分の贈与税を支払っている場合は、第11の2表⑧欄の金額を転記します。
⑩小計
差引税額から相続時精算課税分の贈与税額控除額と医療法人持分控除の合計額を差し引いた金額を記載します。
黒字の場合は100円未満を切り捨てます。赤字の場合左端に「△」を記載します。
⑪申告期限までに納付すべき税額
今回は㉒小計の金額から納税猶予税額を差し引いた金額を記載します。
ここに記載した金額を納税します。
5. 相続税申告を相続人ごと別々に行うときには、申告情報のすり合わせが必須
相続が開始して相続税の申告をするには相続人全員が協力して行うのが理想ではありますが、やむを得ない理由により相続人ごと別々に行うときには、相続人同士でしっかりと情報のすり合わせを行いましょう。
お互いの申告内容に違いや矛盾が生ずることのないようにすることが必要になります。
こうすることで相続税の申告において過少申告加算税や延滞税などの追徴課税という余計な費用や手間などを省くことができるのです。
遠藤秋乃
大学卒業後、メガバンクの融資部門での勤務2年を経て不動産会社へ転職。転職後、2015年に司法書士資格・2016年に行政書士資格を取得。知識を活かして相続準備に悩む顧客の相談に200件以上対応し、2017年に退社後フリーライターへ転身。
この記事の執筆者:つぐなび編集部
この記事は、株式会社船井総合研究所が運営する「つぐなび」編集部が執筆をしています。
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