相続の不当利得返還請求に時効はある?|相続財産の不当利得が判明したら

更新日:2023.12.20

相続の不当利得返還請求に時効はある?|相続財産の不当利得が判明したら

不当利得返還請求とは、民法上定めらている請求権で、本来利益を受けるはずだった人が不当利得を得た人に対し、利得の返還を求めるものです。

相続分野では、相続財産の使い込みなどがその典型です。ここでは、不当利得返還請求の成立要件や、遺産の使い込みが発生しないための仕組みについても解説します。

1. 不当利得とは

不当利得とは、法律上の正当な理由がないのに利益を得て、これにより他人に損失を与えることをいいます。

不当利得は、本来であればその利益を受けるべきであった人に対して返還する必要があります。

相続においても、不当利得を得ている人がいる場合には返還を求めることができます。以下では、相続の場面で不当利得返還請求をすべき事例について具体的に説明します。

1-1 相続における不当利得の例

相続において不当利得返還請求が問題となる典型的な場面は、被相続人の財産が相続人の一人によって生前に無断で使い込まれているようなケースです。具体的には、次のような事例がよくあります。

  • 被相続人の身の回りの世話をしていた親族が被相続人名義の預貯金を使い込んでいた
  • 被相続人の所有する不動産が勝手に売却されていた
  • 被相続人が受け取るはずだった不動産からの賃料収入を親族が受領していた

要するに、被相続人の財産を被相続人以外の人が無断で処分し利益を得ていたケースです。比較的多いといわれているのが、被相続人と同居し身の回りの世話をしていた人物による使い込みです。

身の回りの世話をしていると、不動産を売却する際に必要となる書類や実印を持ち出したり、預貯金口座の暗証番号を知ったりすることが容易にできるためです。

また、被相続人が財産管理を事実上誰かに任せていたような場合には使い込みのリスクが高まります。被相続人が認知症であったり、介護なしに生活できない不自由な状態であったりするようなケースです。

2. 不当利得返還請求とは

不当利得返還請求とは、本来利益を受けるはずだった人が不当利得を得た人に対して利得の返還を求めるものです。不当利得返還請求は民法上定められた請求権です。

例えば、親族の一人による使い込みにより被相続人の相続財産が減少したような場合には、相続人は相続財産の使い込みをした親族に対して不当利得返還請求をすることができます。

2-1 不当利得返還請求が成立するための要件

不当利得返還請求が可能となるためには、以下の要件をすべて満たしていることが必要です。この4つの要件をすべて満たした場合に限り、不当利得返還請求が認められます。

  • 他人の財産または労務により利益を得たこと(利得)
  • 他人に損失が発生したこと(損失)
  • 利得と損害との間に因果関係があること
  • 利得について法律上の原因がないこと

4つ目の要件である「法律上の原因がないこと」とは、公平の理念(観点)から見て、損失を受けた者から利益を得た者への財産的価値の移動について、その当事者間において正当なものとするだけの実質的・相対的な理由がないことをいうと解釈されています。

そして、次のような場合には不当利得返還請求は認められない可能性があります。

  • 利益を得たことについて法律上の原因がある: 例えば、預貯金を無断で引き出したと思っていたが実は被相続人が生前贈与の意思表示をしていた旨の書面が残っていたような場合には、法律上の原因があるとして不当利得返還請求は認められない可能性があります。
  • 損失が発生していない: 例えば、被相続人と同居していた親族が被相続人の証券口座を無断で利用して株式の売買をしていたような場合において、被相続人名義の株式に含み益が出ていたのであれば、損失は発生していないとして不当利得返還請求は認められないことがあります。

2-2 不当利得の返還義務

不当利得返還請求が認められる場合、不当利得を受け取った者は利得を返還する必要があります。

もっとも、民法上は、不当利得を得た人の認識によって返還すべき利得の範囲が変わります。

2-3 不当利得であることを知らずに受け取った場合

不当利得であると知らないことを民法上「善意」と表現します。善意で利得を受けた場合には、「利益の存する限度」で利得の返還義務を負います。

「利益の存する限度」とは、取得した利得のうち、遊興費などに使った分を差し引いた金額のみ返還すればよいということです。したがって、財産のマイナス分のすべてが戻ってくるわけではないことになります。

なお、利得から差し引かれるのは遊興費などのように、利得を受けなければ支出しなかった出費に限られます。

不当に得た利益を生活費や借金返済に使った場合には、自分の資産から支払いを免れた分については利益が現存すると評価されますので不当利得として返還が必要になります。

2-4 不当利得であることを知って受け取った場合

不当利得であると知っていることを民法では「悪意」と表現します。

悪意で利得を受けた場合には、「利益の存する限度」に限定されないことはもちろん、受けた利益に利息を付して返還する義務を負います。

また、不当利得の返還によってもカバーできない損害が発生している場合には、不当利得の返還とは別に損害賠償請求をされることもあります。

3. 不当利得返還請求に必要なもの

実際に相続財産の使い込みなどをした人に対して不当利得返還請求をする際に、相手が使い込みを認めて素直に返還してくれれば問題はありませんが、そうではない場合には不当利得返還請求をする側が使い込みを裏付ける証拠を用意する必要があります。

証拠となり得るのものとしては以下のようなものがあります。

  1. 使い込みの時点で被相続人が認知症などであったことを裏付ける資料
  2. 被相続人名義の銀行の通帳や取引明細

①に関してですが、被相続人の財産の使い込みなどによって利得を得た人は、「被相続人から生前贈与を受けた」などと主張することがあります。

しかし、生前贈与は契約であり、贈与契約が有効となるためには贈与者には契約によって自分の権利や義務がどのような影響を受けるかを正確に理解する能力(意思能力)があることが必要です。

重度の認知症の場合には、贈与契約をするに足りる意思能力はないことが通常ですので、使い込みの時点の被相続人の症状を診断書等によって証明できれば、「生前贈与を受けた」とする不当利得者の主張を崩せる可能性があります。

②については、財産の使い込みが、被相続人名義の銀行口座からの預貯金の引き出しである場合には、預金通帳を入手するか銀行から取引明細を出してもらう必要があります。お金の流れを確認することで、使い込みが証明できることがあるためです。

例えば、使い込みをした人が「被相続人の生活費のために引き出した」と主張したとします。

この場合、引き出された金額が生活費として過大であれば引き出した人による使い込みがあると推認できる可能性があります。

4. 不当利得返還請求によって取り戻せる金額

不当利得返還請求によって取り戻せるのは自分の法定相続分の範囲に限られます

法定相続分とは、民法において定められた相続割合のことをいいます。相続人となる者の組み合わせによって具体的な相続割合が決定されます。

例えば、法定相続人が配偶者と子ども1人である場合には相続割合は2分の1ずつとなります。

この場合に、相続財産が2000万円だとすると、配偶者が不当利得返還請求で取り戻せるのは自己の相続分である1000万円の範囲内となります。

4-1 不当利得返還請求権の時効

不当利得返還請求権については一定の期間が過ぎると時効により権利行使ができなくなるため要注意です。

不当利得返還請求の時効は、従来は請求権の発生日から10年でした。

しかし、2020年4月1日施行の改正民法において、請求する側が権利行使をできることを知ってから5年と改められました。

5. 遺産の使い込みに対して事前にできることは?

遺産の使い込みがあれば後から不当利得返還請求はできますが、そもそも使い込みをされないに越したことはありません。

そこで、遺産の使い込みを防止するために事前にできることを最後にまとめます。

5-1 遺産の使い込みに対してできること①被相続人の死亡後は速やかに口座凍結

遺産の使い込みは被相続人の生前のほか、死亡直後にも起こりがちです

このため、被相続人が亡くなったらすぐに被相続人名義の預貯金口座をすぐに凍結し、入出金ができないようにしておくと安全です。

預貯金口座を凍結してしまうと、遺産分割協議が完了までの間は口座にあるお金の引き出しができません。このため、以前は葬儀費用を工面できなくなるなどの不都合がありました。

しかし、2019年7月1日に施行された改正民法では、一定の範囲で遺産分割協議前に凍結した預貯金口座から仮払いが受けられる制度が新設されました。

このため、被相続人が死亡した直後に預貯金口座を凍結することによる弊害は少なくなっています。

なお、仮払い制度を利用して葬儀費用を被相続人名義の預貯金から支払う場合には、後から他の相続人との間でトラブルが生じないように葬儀費用の明細書や領収書などを証拠として残しておくことが重要です。

5-2 遺産の使い込みに対してできること②成年後見制度や家族信託の利用

被相続人の生前における被相続人の財産の使い込みを回避するためには、後見制度や家族信託を利用することも一つの選択肢といえます。

  • 後見制度の利用

後見制度とは、他の親族や弁護士、司法書士などが本人に代わって財産管理をする制度です。後見制度の対象となっている場合には後見人以外の者が被相続人の財産を勝手に処分することができません。

このため、生前における被相続人の財産の使い込みを防ぐことが可能となります。

後見制度には、「成年後見制度」と「任意後見制度」の2種類があります。

成年後見制度とは、民法に定められた手続きにしたがって家庭裁判所が成年後見人を選任するものです。成年後見人に選任された人は、本人に代わって預貯金の管理をしたり不動産の売却などの法律行為を行ったりします。

成年後見制度は、本人が認知症や障害などが原因で判断能力が欠如した状態となった場合に利用される制度です。

本人に判断能力が不足しているにもかかわらずそのままにしておくと、騙されて不利益な契約をさせられるとか財産を横領されるなどの被害に遭う可能性があるため、このような制度が設けられています。

これに対し、「任意後見制度」とは民法の定めによらずに後見人を選定するものです。任意後見を利用したい本人は、自分に十分な判断能力があるうちに任意後見人をあらかじめ選定しておきます。

将来、本人の判断能力が低下した際に任意後見人は、家庭裁判所が選任する任意後見監督人の監督のもとで契約に定められた通り財産管理等を行います。

任意後見は、本人が元気なうちに任意後見契約を締結することができるため、本人の意向をきめ細かく反映することが可能になります。

例えば、本人がどのように生活したいのか、療養看護を誰に依頼するのか、などの希望を叶えることができます。

また、財産の管理に関しても具体的に定めておくことが可能です。このため、任意後見は次に説明する家族信託とあわせて、潤沢な資産を有する資産家などに活用される傾向にあります。

  • 家族信託の利用

家族信託とは、家族間で財産管理に関する信託契約を締結するものです。

具体的には、本人に十分な判断能力があるうちに財産管理を委託する親族との間で信託契約を締結しておき、本人が認知症を発症したり長期療養に入った際に、委託を受けた親族が信託契約に基づいて財産管理を行うものです。

家族信託と任意後見制度との大きな違いは、財産管理について家庭裁判所の介入があるか否かです。

任意後見制度を利用した場合、前述のとおり家庭裁判所の選任する任意後見監督人が監督します。

これに対して、家族信託の場合には家庭裁判所が介入しないため、本人にとってはより柔軟に財産管理等を依頼することができます。

5-3 遺産の使い込みに対してできること③相続人間のわだかまりを減らす

親族による遺産の使い込みは、相続人間の不満が発端となっていることも少なくありません。

例えば、被相続人の身の回りの介護をしていたにもかかわらず相続を受けられない可能性がある人が、長年の介護の見返りを求めて被相続人の財産に手を出すようなケースが想定されます。

したがって、遺産の使い込みを防止するためには相続人の間のわだかまりを減らすことも重要となります。

上で例に挙げたように、介護の負担を負っている親族がいる場合には、被相続人の生前から負担が大きくなりすぎていないかを親族間でよく把握しておくことも必要です。

また、被相続人の死亡後の遺産分割協議においては寄与分として介護の負担を積極的に評価する姿勢を見せることも大切です。寄与分の制度は従来、相続人にのみ認められていました。

しかし、実際には長男の妻など相続人とはならない人が介護の負担を担っていることがよくありました。そこで、相続人以外の親族による特別の寄与を評価するため、2019年7月1日に施行された改正民法は「特別寄与料」の制度を設けました。

この特別寄与料の制度により、被相続人の財産の維持や増加について特別の寄与をした親族が相続人ではない場合であっても、その親族は寄与に応じた金銭の請求ができる可能性があります。

6. まとめ

以上、不当利益についての解説と、不当利得返還請求の成立要件について説明しました。後半部分では、そもそも遺産の使い込みが起きないよう成年後見や家族信託等の活用についても触れています。

しかしながら不当利益が発覚し、不当利得返還請求を行う際には、5年の時効がある為その点にも注意しましょう。

執筆者プロフィール

弁護士 松浦 絢子


松浦綜合法律事務所代表。京都大学法学部、一橋大学法学研究科法務専攻卒業。東京弁護士会所属(登録番号49705)。宅地建物取引士。法律事務所や大手不動産会社、大手不動産投資顧問会社を経て独立。IT、不動産、相続、男女問題など幅広い相談に対応している。

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