相続手続きでは、銀行や保険会社などの関係窓口で「亡くなった人とその家族の戸籍謄本一式」が何度も求められます。
しっかり書類確認した上で手続きしてくれるのは安心できますが、提出が必要になる度に本籍地役場に問い合わせて交付手数料を支払わなくてはならず、相続人の負担は小さくありません。
そんな状況を改善するために始まったのが「法定相続情報証明制度」です。
本制度を利用すれば、遺産の名義変更手続きを始める前に戸籍謄本を1組用意するだけで、それに代わる証明書類を必要なだけ無料で交付してもらえます。
本記事では「法定相続情報証明制度」のメリット・デメリットから使い方まで、実際に相続手続きを進める際に役立つ情報を紹介します。
目次
法定相続情報証明制度とはなにか
法定相続情報証明制度とは、相続手続き全体で必要になる「法定相続人全員分の証明」を法務局が行う制度です。
本制度の利用申出をした時は、まず「亡くなった人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本」と「相続人全員分の現在の戸籍謄本」をセットで法務局に提出します。
これらの書類は本来、亡くなった人の財産を相続人名義へと変更する時などに必要です。
そして、上記書類を提出した後は、法務局が認証したと分かる文言のついた「法定相続情報一覧図の写し」が交付されます。
この一覧図は公的な証明力があり、以降の相続手続きで戸籍謄本一式の代わりに使用できます。
法定相続情報証明制度のメリットは?
従来の相続手続きでは、必要な戸籍謄本一式を「預金の払い戻し用」「保険金請求用」「相続税の申告用」……といったように何セットも用意しなければならないのが一般的でした。
法定相続情報証明制度を活用すれば、戸籍謄本のセットは1組あれば基本的に十分です。
これにより、相続手続きを行う人の負担軽減に繋がる下記3つのメリットがあります。
メリット①:本籍地への請求手続きがシンプル
制度が始まる前は、せっかく戸籍謄本一式を揃えても「相続手続き中に追加であと1セット~2セットほど必要になった」等の事態が起こり、交付請求を繰り返す羽目になるケースがよくありました。
加えて言えば、戸籍謄本の請求は本籍地役場でしか行えません。
亡くなった人の本籍地が何度も変わっていたり、相続人の本籍地が遠方にあったりする場合は、請求の二度手間・三度手間の負担は大きいと言えるでしょう。
法定相続情報証明制度が始まってからは、戸籍謄本の交付請求は亡くなった直後の1回だけで済みます。
相続手続きの完了まで追加請求することは基本的にありません。もちろん、必要な戸籍謄本の束の数を事前に確認する手間も省けます。
メリット②:戸籍謄本の交付手数料を節約できる
戸籍謄本の交付手数料は1通につき750円程度です(※自治体や保管されている戸籍簿の種類によって異なります)。
例えば、配偶者と子2人が相続人の場合、亡くなった人の分を含めて少なくとも3,000円程度の手数料がかかります。2セット以上交付を受けるなら、役場に支払う費用が高額になっていきます。
一方で、「認証文付きの法定相続情報一覧図の写し」は何通でも無料で交付してもらえます。
提出先の一覧図対応状況しだいではあるものの、相続関係の証明は基本的に戸籍謄本1セット分の費用負担で済みます。
メリット③:郵送料や専門家報酬も節約できる
戸籍謄本が本籍地役場でのみ交付される仕組み上、取り寄せるにあたって遠隔地の役場とやりとりしなければならないケースが多数です。
もちろんこの場合、先に紹介した交付手数料以外に、切手代や窓口に向かう時の交通費がかさみます。
取り寄せの手間を省くため専門家に依頼した場合も、請求にかかる実費(切手代や交通費)は報酬に上乗せされるケースが大半です。
一方、法定相続情報証明制度を利用する場合、基本的に戸籍謄本1セット分の実費しかかかりません。
自力で本籍地役場から取り寄せる場合でも、専門家に依頼する場合でも、交付手数料と合わせて大幅な節約に繋がります。
法定相続情報証明制度のデメリットは?
本証明制度で交付される「法定相続情報一覧図の写し」は、どんな手続きでも戸籍謄本一式の代わりになるというわけではありません。
相続の状況によっては、追加で書類を添付しないといけないこともあります。
デメリット①: 戸籍謄本不要」になるわけではない
法定相続情報証明制度でよくあるのは「戸籍謄本の取得が不要になる」という誤解です。
法務局が行うのはあくまでも「提出された戸籍謄本に基づく証明」です。
つまり、証明情報である一覧図の写しを作成してもらうには、少なくとも相続関係者ごとに最低1通は戸籍謄本を準備しなければなりません。
デメリット②: 相続手続きで利用できない場合もある
本証明制度は2017年5月29日に始まったばかりで、銀行や保険会社の一部は対応できていません。
未対応の機関で遺産の名義変更などを申請した時は、制度開始前と同じように「相続関係者全員分の戸籍謄本」の提出が求められます。
事前に亡くなった人が取引していた銀行等に問い合わせ、法定相続情報一覧図の提出に対応してもらえるか確かめておきましょう。
デメリット③: 一部の「相続人の異動情報」は証明不可
相続権を失った事実は戸籍簿上に記載されません。
代表的な例として「相続放棄」、他にも亡くなった人の意向で相続権を失う「相続人の廃除」、さらに不正や犯罪行為が原因で法律上相続権を失う「相続人の欠格事由」の3つが挙げられます。
法定相続情報証明制度があくまでも「戸籍簿に書かれた情報」だけを認証するものである以上、上記のような相続権を失った事実までは証明してくれません。
もしも当てはまる状況が発生した場合、交付された一覧図の写しに「相続放棄受理証明書」や「相続人の廃除の審判書謄本」を別に添えなければ、相続手続きを進められないのです。
どんなときに誰が利用できるのか
これまで「相続手続きの全体」と解説していましたが、具体的に法定相続情報証明が活用できるケースとはどのようなものでしょうか。手続きの種類に加え、法務局に対し利用を申し出られる人についても紹介します。
法定相続情報証明制度を利用できるのはこんなとき
本証明制度による一覧図の写しが役立つのは、主に預金・不動産・保険金などの「遺産の名義変更手続き」です。
また、相続税の申告書にも添付する事で、戸籍謄本一式に代わる「基礎控除額の確認書類」としても使えます。
その他、法定相続情報証明制度が活用できる場面は以下の通りです。
- 銀行預金を払い戻すとき
- 不動産の名義変更(相続登記)をするとき
- 自動車の名義変更を行うとき
- 保険金を請求するとき(※受取人が指定されていないケース)
- 株式や債券を相続人の証券口座に移管してもらうとき
- 相続税の申告を行うとき
法定相続情報証明制度を利用できる人
法定相続情報証明制度の利用を申し出られるのは、法定相続人もしくはその代理人にあたる人です。
日本国籍を持つ人に限って戸籍簿が作成される点なども踏まえると、厳密には以下いずれかにあたる人のみ利用手続きできます。
- 亡くなった人と共に日本国籍を持つ相続人
- ①の代理人である親族
- ①の代理人である有資格者(弁護士・司法書士・土地家屋調査士・税理士など)
以降ではさらに、本証明制度の利用方法について解説します。
法定相続情報証明制度の手続きの流れ
本証明制度の利用全体の流れは全5ステップに分かれます。
- 必要書類(戸籍謄本一式など)を集める
- 相続人自身で「法定相続情報一覧図」と「申出書」を作成する
- 利用の申出(手順1~手順2の書類をまとめて法務局に提出)
- 認証文が付いた「法定相続情報一覧図の写し」が交付される
- 銀行・保険会社・税務署等での相続手続きで活用する
下記では、手順1~手順4までの「どんな書類を準備すればいいのか」「どこの法務局で申請するのか」等の詳細を紹介します。
必要になる書類を集める
最初に、本証明制度の利用申出で必要になる添付書類から収集します。
できるだけ亡くなった直後、遺言書の捜索や遺産分割協議(※共同相続人の話し合い)と同時に進めると良いでしょう。法定相続情報証明制度に必要な添付書類は以下の通りです。
- 被相続人(亡くなった人)の「出生から死亡までの連続した戸籍謄本」
- 被相続人の「住民票の除票」(※役場で廃棄されていた場合は戸籍の附票)
- 相続人全員分の「現在の戸籍謄本」
- 申出人の現在の氏名住所が分かる本人確認書類(運転免許証やマイナンバーカードなど)
亡くなった人の本籍地が結婚等に伴って移転している場合、出生時点から入った事のあるすべての戸籍簿について、本籍地でそれぞれ取得する必要があります。
相続人に関しては、現時点の本籍地を管轄する役場で1通ずつ取得するだけで構いません。
ただし、利用申出の手続きを代理人に任せる場合や、法務局での証明情報に現住所を記載してほしい場合では、下記のように追加書類が必要です。
【代理人申請の場合】
- 親族が代理人の場合: 申出人と親族だと分かる戸籍謄本
- 士業が代理人の場合: 代理人が所属する法人代表者の身分証明書など
【一覧図に住所掲載を希望する場合】
- 各相続人の住民票の写し
法定相続情報一覧図と申出書を作成する
法定相続情報一覧図は、制度利用を申し出る人やその代理人の手で作成しなければなりません。また、所定の申出書も記入欄を埋めて提出する必要があります。
申出書の記入方法
申出書の様式は法務局公式サイト内ページでダウンロードできます。埋める必要のある記入項目は以下の通りです。
- 申出年月日
- 被相続人の表示(氏名・最後の住所・生年月日・死亡年月日)
- 申出人の表示(住所・氏名・連絡先電話番号・被相続人との続柄)
- 利用目的(※相続登記や預貯金の払い戻しなどのチェック項目あり)
- 必要な証明情報の枚数
- 証明情報の受取方法(窓口or郵送)
- 被相続人名義の不動産の有無(有の場合は不動産の所在地or不動産番号を記入)
- 申出先登記所(※必要書類の提出先になる法務局)の種別
法定相続情報一覧図の作成
法定相続情報一覧図の様式も、同じく法務局のサイト内ページでダウンロードできます。
一般的な相続人の組み合わせごとに用意されているため、家族構成が複雑でなければ、ダウンロードした書面に必要事項を書き込むだけで済みます。
なお、家族構成に関わらず、被相続人から見て以下の続柄にあたる人は記載しなければなりません。
- 被相続人 記載事項:氏名、最後の住所、最後の本籍、出生日、死亡日、父母の名前
- 相続人 記載事項:氏名、現住所、出生日、父母の名前
- 既に死亡している相続人 記載事項:氏名、最後の住所、最後の本籍、出生日、死亡日、父母の名前
- 代襲相続人(すでに死亡した相続人の子) 記載事項:氏名、現住所、出生日、父母の名前
- 既に死亡している代襲相続人 記載事項:氏名、最後の住所、最後の本籍、出生日、死亡日、父母の名前
法定相続情報一覧図の作成が難しくなるケース
家族構成が複雑になっているケースでは、法定相続情報一覧図に「誰の情報を記入すべきか」の判断が難しくなります。
この点に関しては、民法の条文にある法定相続のルールを確認しながら、戸籍謄本を取り寄せる際に念のため「相続人調査」を行っておく必要があります。
簡単な相続人調査だけで一覧図に乗せるべき人全員を把握できたとしても、その数次第では一覧図を2枚以上作成しなければならず、手間がかかります。
例として、再婚歴があったり、先に亡くなった子や兄弟姉妹からその子どもへと相続権が渡る「代襲相続」が発生していたりするケースが挙げられます。
法定相続情報一覧図の作成は、弁護士や司法書士に任せることも可能です。
特に家族構成が多いケースでは、調査・戸籍謄本の取り寄せ・一覧図作成の手間を一挙に省けるため、なるべく専門家への依頼をおすすめします。
法務局へ提出する
一覧図・申出書・添付書類の3点が揃ったら、全国にある法務局サイト内ページから下記いずれかを管轄する拠点を探し、提出します。
申出人の生活拠点からなるべく近い場所を選び、窓口に向かう時間がない場合は郵送で提出しましょう。
【法定相続情報証明制度の利用窓口】
- 被相続人の最後の本籍地
- 被相続人の最後の住所地
- 申出人の住所地
- 被相続人名義の不動産の所在地
法定相続情報一覧図の写しは再交付できる
後から「一覧図の写しを紛失してしまった」「交付された枚数では足りない」等と気づいた時は、再交付してもらえます。
ただし、申出には下記のように制限がある点に注意しましょう。
- 申出人になれる人:当初交付時に「申出人」として氏名を記載した人のみ
- 申出できる期間:当初交付時の翌年から起算して5年間
再交付申出時の必要書類は、記2点の書類があれば十分です。
- 再交付申出人の現在の氏名住所が分かる本人確認書類(運転免許証やマイナンバーカードなど)
- 代理人の確認書類(代理人が再交付を申し出る場合)
代理人は当初の制度利用時と同じく「親族」または「弁護士などの有資格者」のいずれかで、確認書類も当初交付時と同じ種類のものが使えます。
なお、当初の交付申出と再交付申出時で代理人が違っていても構いません。
まとめ
遺産の名義変更手続きで必要になる戸籍謄本一式は、法務局で無料交付される「認証文付きの法定相続情報一覧図の写し」で代用できます。
銀行で・保険会社で・税務署で……とのように、費用と手間をかけながら2セット以上謄本を取り寄せる必要はなくなりました。
ただし、相続手続きを扱う窓口の一部はまだ「一覧図の写し」の提出に対応していない点や、対応できる窓口でも「相続権を失った事実」に関しては別に証明書が必要になる点に注意しましょう。
本記事で解説した「法定相続情報証明制度」の利用申出は、弁護士や司法書士に任せられます。
他の手続きごと専門家に任せる事で、相続の対応がもっと簡単になり、家族が亡くなった後の日常生活への影響を最小限にできます。
遠藤秋乃
大学卒業後、メガバンクの融資部門での勤務2年を経て不動産会社へ転職。転職後、2015年に司法書士資格・2016年に行政書士資格を取得。知識を活かして相続準備に悩む顧客の相談に200件以上対応し、2017年に退社後フリーライターへ転身。