リビングウィルという言葉をご存じでしょうか。近年注目を集めつつある「終末期医療における事前指示書」とも呼ばれるものです。
ここでは、リビングウィルについて解説しながら、エンディングノートや遺言との違いもお伝えします。
目次
1. リビングウィルとはなにか
リビングウィル(Living wil)とは、「生前の意思」という意味の英語の音訳で、終末期医療を迎える人たちが、元気なうちに延命措置などに対しての意思を記しておくもののことです。「終末期医療における事前指示書」とも呼ばれます。
リビングウィルには、自分自身の終末期の医療に関する希望を書いておきます。
公益財団法人「日本尊厳死協会」をはじめとする国内のさまざまな団体や医療機関や自治体が書式を発行しておりそれらを利用しても、自分自身で自由に書いても構いません。
どんな書式かといったことより、家族や医師や看護師など、周囲の人たちに自分の意思を伝えること、伝わることが大切です。
ただし、2020年現在の日本国内において、リビングウィルに法的効力はありません。
リビングウィルの始まりは、1976年に制定されたアメリカ・カリフォルニア州の自然死法で、アメリカ国内においてはその後50全ての州で終末医療期に関する患者の自己決定を尊重する法律が制定されています。
一方、日本でもリビングウィルに対する普及と理解は広がりつつあるものん、法整備には至っていないのが現状なのです。
2. リビングウィルの必要性とメリット
リビングウィルは、自分自身が希望する最後のために、そして周りの人たちがあなたの終末医療で困ることがないために必要とされています。その必要性とメリットについて詳しく見ていきましょう。
2-1 リビングウィルはなぜ必要か
「尊厳死」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。本人の尊厳を保ったまま死を迎えることを示し、延命効果がそれほど望めない上に苦痛を強くともなう治療を、本人の意思に基づいて差し控えることです。
1980年代以降、医療の発達により延命治療が行われるようになりましたが、身体にチューブを差し込み、機械と薬で心臓を動かすというような延命行為そのものに疑問が沸き起こりました。
厚生労働省による「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の中では、「本人による意思決定を基本とした上で、人生の最終段階における医療・ケアを進めることが最も重要な原則である」と記されている通り、延命治療を望むか望まないかは、本人の意思に委ねるべきものです。
しかし、実際の医療や介護の現場では、認知症や救急搬送などで自分自身の意思を医師に伝えられない場面が多々あり、延命治療や投薬などについての重大な判断を家族や介護者などの第三者では負いきれない場面も出てきます。
そうした時に自分の意思が示されているリビングウィルがあることで、自分自身は希望する医療を受けられ、周囲の人たちも判断に困らずに済みます。
いわば、自分のためであり、家族や周りの人たちのためにも、リビングウィルを書いておくことが推奨されているのです。
2-2 リビングウィルのメリットはどんなことか
リビングウィルを書くことでのメリットは、延命治療についての意思表示だけではありません。
書くことにより、自分自身の思いや考えの整理、家族や周囲の人たちとの対話、さらにはあなた自身の「物語」をふりかえり、伝えることができるのです。
以下にそのメリットをまとめました。
- 自分の希望の最期を遂げるできる: これまで解説してきた通り、リビングウィルを残しておくことで、周囲への自分の意思表明が可能
- 周囲の人の負担の軽減: 自分の意思意思を表明しておくことで周囲の人たちはその意思に基づいて判断が可能となり、心理的な負担やストレスが軽減
- 自分自身の考えや思いが整理できる: リビングウィルを書くという作業を通じて、自分自身について振り返り、考えや思いを整理することができる
- 周囲との対話が増える: リビングウィルは一人きりで書く必要はなく、周りの人たちと対話をしながらの作成が可能なため、自分の意思が書面に残るだけでなく、周囲の人たちへも自分の意思への共有と理解が可能となる
3. リビングウィルの作成にあたって
リビングウィルに決まったフォーマットはありません。様々な団体や病院や自治体が発行するものから、自分自身で自由に筆記するものなどがあり、項目を埋めていくタイプのものもあれば、選択肢の中から選んでいくものもあります。
3-1 記載する内容
リビングウィルに書いておく内容は主に次に挙げるものです。
- 医療行為への希望: 終末期の医療には、人工呼吸(機械の装着や心臓マッサージなど)、人口水分栄養補給(点滴、胃ろうなど)、延命措置、人工透析、手術、緩和ケアなど様々。こうした医療行為を希望するかしないかを示しておく。
- あなたの医療やケアに関する判断・決定を委ねる代理人: リビングウィルが効力を発揮するのは、自分自身が意思表示の能力を失った時。そのような状態の自分に代わって判断や決定を委ねる代理人の名前や連絡先を記す。
- かかりつけ医: かかりつけ医を記しておくことで、これまでの体調や病状の推移、飲んでいた薬の履歴などが分かり、適切な医療行為が可能に。
- その他、希望すること: 療養や最期の場所、日常生活、家族や人間関係についてなど、希望を記す。
3-2 誰に渡すのか
せっかく作成したリビングウィルも、いざという時に人目に触れないと意味をなしません。作成したものは複数枚コピーしておき、家族や友人、代理人に指定した人などに渡しておきます。
また、保険証やお薬手帳などと一緒にしておくのもよいでしょう。
3-3 何度でも書き直しできる
元気なうちに作成しておくリビングウィル。状況が変わることで自分自身の想いも変化していくものです。気が変わったらすぐに新しいものへと書き換えしましょう。
よりよい最期を迎えるためにも、定期的な見直しと更新が大切です。
4. 遺言やエンディングノートとの違い
自分の意思を表明しておくリビングウィルは、エンディングノートや遺言と近い性質を持っているものの、似て非なるものです。それぞれの特徴を踏まえてその違いを解説いたします。
4-1 遺言との違い
遺言書は、自分の死後にまつわる意思、主に財産の処分や贈与について示したもので、正式に書かれたものは法的効力を発揮します。一方のリビングウィルは、自分の医療にまつわる意思を表明したものです。
遺言書を公正証書として作成するのに合わせて、リビングウィルも公正証書にしておく人もいるようです。
4-2 エンディングノートとの違い
エンディングノートは、自分自身の最後に向けたさまざまな事柄に関して記しておくものです。
医療に関してもちろんですが、その他にも葬儀やお墓について、預貯金や財産について、交友関係について、自分自身の生い立ちや思い出についてなど、その内容は多岐に渡ります。
これに対してリビングウィルは医療方針に関する指示書です。エンディングノートがリビングウィルの役割を担っている側面はありますが、その効力は弱いと言えるでしょう。
5. 医療行為だけではない「物語」を伝える
さて、最後に、医療行為についての意思だけでなく、自らの「物語」を表明しておくことの大切さについて触れておきます。
リビングウィルに書く内容は、原則医療に関することです。それ以外のことを書いてしまうことで、緊急を要する医療現場で適切な判断が遅れることもあるでしょう。
しかし、実際によりよき最期を迎えるためには、医療以外のケアが必要だとも言われています。昨今の終末医療の現場では「ナラティブ・オブ・メディスン(物語による医療)」の大切さが説かれています。
あなたの物語や想いを表明しておくことで、より尊厳の保たれた手厚いケアを受けられる可能性が広がるのです。
私たちは一人の人間として、歴史や物語を綴りながら生きています。生命体としての命をどう終わらせるかだけではなく、物語を携えた人間として何を想いながらこの世界を旅立ちたいのかの意思表明も、また大切なことなのです。
だからこそ、リビングウィルとあわせて、エンディングノートや遺言書などを残しておいていいでしょうし、誰かに話を聞いてもらうだけでも構いません。
あなたのプロフィール、生い立ち、大切な人たち、思い出、死生観、これからの余生、どこで息を引き取りたいかなど、あなたにまつわる様々な物語としての意思を周りの人と共有しておきましょう。
6. まとめ
リビングウィルは、自分自身のためにも、大切な家族のためにも、そしてあなたのために尽力する医師や看護師のためにも必要なものです。
どんなにあなたの呼吸がか細くなり、まもなく命を引き取ろうとしても、現代医療の力ではそのような状態でも延命治療で生かし続けることは可能だと言われています。
だからこそ、あなたが自分自身の最期に対しての意思を表明しておくことで、あなた自身が希望する最期を迎えられるだけでなく、医師はあなたの尊厳を保つことができ、家族たちも安心できるのです。
参考文献
藤本啓子「いのちをつなぐファミリー・リビングウィル」木星舎(2016年)
西智弘「だから、もう眠らせて欲しいー安楽死と緩和ケアを巡る、私たちの物語」晶文社(2020年)
久坂部羊「元医師の父が選んだ「自然死」【前編】延命治療は必要ない—医師の親子が考える「理想の死に方」」現代ビジネス(2013)
樋口範雄「Advance directiveとLiving will 法的側面からの解説」日本老年医学会(2015)
玉川将人
1981年山口県生まれ。家族のたて続けの死をきっかけに、生涯を「弔い」に捧げる。葬儀社、仏壇店、墓石店に勤務して15年。会社員勤務の傍らでライターとして、死生、寺院、供養、終末医療などについて多数執筆。1級葬祭ディレクター、2級お墓ディレクター、2級グリーフケアカウンセラー。