ご遺体を棺の中に収める「納棺」は、「納棺式」と言われる一連の儀式の中の一つの行為です。
ここでは、納棺の手順や流れだけではなく、納棺の意味合いや目的も含めて解説します。
目次
1. 納棺とはなにか
納棺とは、文字通り故人様のご遺体を棺の中に納めることです。
しかし単に物理的に遺体を納めるだけでなく、「納棺式」と呼ばれる一連の儀式を執り行います。
ご遺体を清めてから死装束を着せ、棺の中にご遺体を納めるのです。
納棺を儀式化するということは、それだけ納棺が故人様を送り出す上で区切りとなる大切な時間であったことを意味しています。
これまで布団の上で休まれていた故人様を棺の中に納めることで、いよいよ旅立ちが近づいていることを私たちは理解します。
旅立ちのための手厚い準備。これこそが納棺の意義ではないでしょうか。
1-1 納棺に参加する人は?
納棺は家族や近しい親族たちによって行われるのが基本です。
もちろん、親縁関係にはないものの、故人様と親しくしていた人が参加しても構いませんが、その場合も喪主の了承を得るようにしましょう。
1-2 納棺は「いつ」「どこで」行われる?
納棺をいつどこで行うか。これは状況によって様々です。
納棺を行うタイミングでもっとも多いのは通夜式の直前です。
午後3時や4時頃から納棺式を行ってから通夜に臨みます。
このタイミングで行うと、通夜式に参列する親族たちも少し早めに来場することで、納棺に参加できます。
状況によっては当日の午前中や午後の早い時間帯、あるいは通夜の前日までに済ませておくこともあります。
また、ご遺体の保全のために早めに納棺を済ますケースもあります。
夏の暑い季節では早めに納棺してドライアイスを当てておくことで、保冷効果が増すのです。
次に納棺を「どこで」行うかについては、ご逝去後、故人様をどこにご安置するかによって異なります。
葬儀会館にご安置できるのであれば、そのまま会館で納棺を行います。
もしも自宅にご安置するのであれば、自宅で納棺してから会館に移動する、あるいはご遺体を会館に搬送してから納棺する、のいずれかの方法がとられます。
ご家族やご親族の来場の都合、当日のタイムスケジュール、納棺式を行うための広さの確保など、さまざまな観点から納棺の場所を決定します。
1-3 納棺を葬儀社に任せるケースも
ここまで取り上げたのは、あくまでも家族や親族が故人様を囲んで執り行う「納棺式」のことです。
様々な事情によって、葬儀社が事前に納棺しておくケースもあります。
自宅や葬儀会館などのお布団の上ではなく、専用の安置施設(保冷庫)に預ける場合は、事前に納棺しておくことがあります。
通夜や葬儀といったセレモニーを執り行わず、火葬だけを行う「直葬」の場合も、葬儀社が納棺を済ませておくことがほとんどです。
また、警察の検視や検案が行われた場合も、ご遺体の状況によっては事前に納棺をした上で遺族に引き渡されます。
1-4 納棺の際の服装は?
納棺式はれっきとした儀式ですから、喪服が最も望ましいでしょう。
ただしあくまでも身内による儀式なので、状況によっては平服でも構いません。
周囲に違和感を与えないかどうか、その場の雰囲気に合わせて判断しましょう。
もしも通夜式直前に納棺を行うのであれば、喪服で臨みます。納棺を終えるとそのまま通夜式へと続いていくからです。
自宅で納棺をする場合も喪服が望ましいですが、平服でも構わないでしょう。
参列者を迷わせないために、納棺の案内をする際に喪主側が「喪服でお越しください」「平服でも構いません」などのひと言を添えてあげると良いでしょう。
2. 納棺の流れ
納棺式は、古くから日本各地で行われてきた風習です。
故人様の身体を清める「湯灌(ゆかん)」を行い、故人様のお顔まわりをきれいに整える「死化粧」をしたのちに、四十九日の旅のお姿である「死装束」を着せて棺の中に納める流れが一般的です。順にご紹介します。
2-1 湯灌(ゆかん)
湯灌とは、故人様をぬるま湯につけて、身体をきれいに清めることです。
この世に生まれた赤ちゃんは必ず産湯につかるように、亡くなった人は湯灌をしてあちらの世界に送り出します。
湯灌をする意味はいくつかあります。故人様の身体だけでなくこの世での穢れや罪を洗い流す、霊魂を復活させるという宗教的・呪術的な意味。
ぬるま湯を使うために死後硬直がとけ、納棺しやすくするという物理的な理由も考えられます。
家族や親族がご遺体に直接手に触れながら行うため、故人様のことを偲びながら少しずつ死を受け入れていくという、いわばグリーフケア的な側面もあるものと思われます。
湯灌で用いられるお湯は「逆さ水」と呼ばれます。
通常お湯を作るときは、お湯を先に入れて水で薄めますが、逆さ水の場合は水を先に入れてお湯で薄めます。
これは古くから行われている全国的な風習です。
また、身体を洗う時も右からではなく左から行います。普段とは逆のことを行う「逆さごと」は、葬儀の様々な場面で見られます。
さて、湯灌には主にふたつの方法があります。
- 清拭(拭き湯灌): 1つは「清拭(せいしき)」です。「拭き湯灌」とも呼ばれます。お湯を絞った布や、アルコールを含ませたガーゼなどで、故人様の身体を拭きます。清拭そのものは病院や葬儀社で事前にしてもらっているので、納棺式の際は儀式として、顔、手、足などを参加者一人一人が拭いてあげます。
- 入浴(シャワー湯灌): もうひとつは「入浴」。自宅や葬儀社の一室に浴槽を用意して、故人様の身体をシャワーで洗い清めます。自宅で行う場合は湯灌専用の車で訪問してもらうと給水や排水まで行えるので安心です。湯灌士が主体となって進めますが、遺族や親族も参加しながら行います。
2-2 死化粧
死化粧とは、きれいに清められたご遺体に化粧を施すことです。
老いや闘病生活などでやつれてしまった故人様も、髪や顔を整えることにより、その顔色は見違えるほどに明るくなります。
髪は汚れの程度にあわせてドライシャンプーできれいに洗い、ドライヤーを当て櫛を入れてとかします。
顔はクレンジングや乳液で手入れをし、男性の場合は髭剃りをします。化粧は通常と同じように行います。
ご家族がされても構いませんし、ラストメイクを葬儀社に依頼することも可能です。
2-3 死装束
死装束とは四十九日の旅のお姿です。日本の仏教では、人は亡くなると四十九日の旅に出て来世の行き先が決まるとされています。
死装束は全身白の巡礼服で、四国のお遍路さんのような格好をイメージすればよいでしょう。
故人様を囲み、肌が出ている手に手甲を、すねに脚絆(きゃはん)を、足に足袋を、参加者の手によって身につけて、最後に白衣を着せるのが一般的です。
ただ実際には、ご逝去の当日にドライアイスを当ててしまうため、ご遺体は硬直しており、衣服を袖に通すことは困難です。
白衣は上からかけてあげるという方法が多く採用されています。
その他、首からは頭陀袋を下げ、三途の川の渡し賃である六文銭を中に忍ばせます。
そして頭に編笠を、手に数珠をかけて杖を持たせます。そして足に草履を履かせて、旅のお姿の完成です。
また、最近ではこうした仏式の死装束をさけ、故人様が愛用していた衣類を着せるケースも多く見られるようになりました。
故人に着せたい服に希望がある場合は、早めに葬儀社に伝えておきましょう。
2-4 棺へ(入棺)
死装束を身につけたら、いよいよ参加者全員でご遺体を棺の中に納めます。
これを「入棺(にゅうかん・にっかん)」と呼びます。
2-5 副葬品
副葬品とは、故人様とともに埋葬、火葬させる品物のことです。
故人様を棺の中に移したあとに、副葬品を納めます。副葬品には様々な意味があります。
死者があの世で不自由なく暮らせるように、あるいは故人の復活や再生を祈るためなど、世界中の人たちが副葬品に想いを込めていたのです。
副葬品の歴史は古く、エジプトのピラミッド、中国秦の始皇帝陵、日本の古墳などから、さまざまな副葬品が出土しています。
「死装束」として旅のお姿にするのも、ある意味副葬品です。
その他、枕飾り(故人様の枕元に設置する祭壇)でお供えしたごはん(枕飯)やお団子(枕団子)副葬品として納めます。
故人様があの世で空腹に困らないようにという願いが込められています。
こうした古くからの風習だけではなく、お葬式の現場ではご家族が故人様への想いを込めて、愛用していた品やお手紙などを一緒に棺の中に納めます。
ただし、ひと昔前が土葬であったのに対し、現在の日本では火葬が行われます。
火葬をする上で障害となるものは副葬品として納められないので十分に注意しましょう(詳しくは後述)。
2-6 地域による独特な風習
納棺は仏教による教えに基づくだけでなく、民間伝承が儀式化されてきた側面があり、地域によっては独特な風習が残されています。
たとえば関東地方の一部では、納棺式の前後に参加者全員でお酒を飲み、一丁の豆腐を食べあって身体を清めます。
これを「豆腐湯灌」や「食い別れ」などと呼びます。
また、納棺のあとに塩で清める風習は全国的に見られますが、北関東ではかつお節、北陸地方では米ぬかなどを用いて清めの儀式を行うところもあるようです。
3. 納棺の際に気をつけておきたいこと
納棺式は、身内のみで行われる儀式です。
アットホームな雰囲気の中で行われるので、マナーを気にするよりも、心を込めて故人様と向き合う時間にすればよいでしょう。
実際の現場では、厳粛な雰囲気で行うか、アットホームに行うかは葬儀社の方針によっても異なりますし、雰囲気はご家族や親戚との関係によって全く異なります。
前の章でも触れましたが、服装にしても喪服でも平服でも構いません。その場の空気や雰囲気、地域のしきたりなどに合わせて納棺に臨みましょう。
3-1 死装束には仏式と神式がある
日本の葬儀の大半は仏式ですが、一部神式で葬儀を行うケースもあります。
仏式の死装束は巡礼のお姿にしますが、神式の場合は「神衣」を着せて、神職の姿にします。
男性には白い狩衣(かりぎぬ)を着せ、烏帽子(えぼし)をかぶせ、手に笏を持たせます。
一方、女性には白い小袿(こうちき)を着せ、手に扇子を持たせます。
3-2 副葬品で入れてよいものといけないもの
前の章でもお伝えしたように、棺の中には入れてはならない副葬品があります。
どのようなものがあるのか、詳しく解説していきます。
- 公害の原因になるもの【ビニール製品、化繊の衣類、発泡スチロール、CDなど】: こうした不燃性のものは公害の原因になるため、棺の中に納められません。特に故人様の愛用していた衣類を入れたいと希望する人が多いのですが、革やポリエステルでできたものは有毒ガスを発してしまいますので避けるようにしましょう。
- 遺骨を汚してしまうもの【カン、ビン、メガネ、腕時計、ガラス製品など】: ここに挙げたものは、火葬してしまうことで燃え残ったり溶けたりしてしまい、遺骨を汚しかねません。カンやビンなどの飲み物はお供えだけにして、棺には納めないようにしましょう。また、メガネや腕時計などは形見分けにする、あるいは骨壷の中に一緒に納めるなどの方法がとられます。
- 火葬炉の故障の原因になるもの【テニスラケット、釣り竿、ゴルフクラブなどのカーボン製品、心臓のペースメーカーなど】: カーボン製品は火葬炉故障の原因になります。また、心臓にペースメーカーが入っていると爆発の恐れがあり、火葬炉が故障するだけでなく火葬場職員にも身の危険が及びます。ペースメーカーがある場合は必ず葬儀社に報告しましょう。
- 燃えにくいもの【大きなぬいぐるみ、辞書などの書籍など】: 燃えにくいものも、火葬の妨げになるので副葬品として納められません。燃え残ってしまったり、大量の灰で遺骨が汚れたり埋もれたりすることもあるからです。本を納めるときはページの隙間に空気が入り燃えやすくなるように工夫をしますが、あまりにも大きい辞書のような本は入れないようにしましょう。
納棺は、故人様の体に直接手を触れながら、生前の姿を偲び、そしてあの世での冥福を祈ることのできる、とても大切な時間です。
通夜や告別式のように緊張を強いられることなく、ご家族だけが故人様とゆっくりと向き合うことができるのです。
納棺の方法は、葬儀の段取り、葬儀社の方針、地域性などによって異なる面も多々ありますが、いずれにせよ故人様とご家族にとって大切な時間であることに変わりはありません。
故人様の身体を丁寧に清めて差し上げることで、故人様自身も喜ばれますし、あなた自身の心も癒されることでしょう。
玉川将人
1981年山口県生まれ。家族のたて続けの死をきっかけに、生涯を「弔い」に捧げる。葬儀社、仏壇店、墓石店に勤務して15年。会社員勤務の傍らでライターとして、死生、寺院、供養、終末医療などについて多数執筆。1級葬祭ディレクター、2級お墓ディレクター、2級グリーフケアカウンセラー。