生前の意思を紙とペンで本人自ら書面化する遺言は、法律上「自筆証書遺言」と呼ばれます。
自筆証書遺言は費用も手間もかけずに作成できるのがメリットですが、その反面、死後になってトラブルが起きやすい遺言の仕方でもあります。
これから自分で遺言を作成しようとする場合、本記事で紹介する「効力発生の要件」と保管方法に十分注意しましょう。
自筆証書遺言とは
自筆証書遺言とは、遺言しようとする人(=遺言者)が全文手書き(※)で作成する遺言書のことを言います。
遺言書に記載すべき事項は相続法で指定されていて、相続分の指示に加えて「作成時期」と「遺言者の身元」を特定できる内容であることにより、死後効力を持ちます。
自筆証書遺言の形式で作成した書面は、遺言者の責任で保管するのが原則です。
しかし紛失・滅失の恐れがあるため、金融機関や法務局による安全性の高い遺言書保管制度が広まりつつあります(詳しくは後述)。
自筆証書遺言のメリット
遺言書には複数の種類があり、その中で最も気軽に作成できるのが「自筆証書遺言」です。
具体的な作成のメリットとして、次の3点が挙げられます。
メリット①:ほぼ費用ゼロで気軽に作成できる
自筆証書遺言は保管料を除けば、その特性上、筆記用具・封筒・印鑑の3点が揃っていれば作成できます。
また、遺言者自身の健康状態も認知症等である以外ほぼ問わないので、手紙を書ける状態であれば、自宅・老人ホーム・入院先など場所を選ばずいつでも作成できます。
メリット②:変更・撤回も自由にできる
自筆証書遺言の内容を変更または撤回しようとする際、公的機関に何らかの請求を行う手間は一切ありません。
当然費用も0円です。手元にある書面を加筆修正するか、あるいは書面そのものを破棄して新しく作り直すだけで、最新の意思を相続開始後に反映できます。
メリット③:遺言内容や遺言書の存在を秘密にできる
自筆証書遺言の記録(遺言内容そのものや作成事実)は公的に残りません。
もちろん、書面の保管場所も遺言者の任意です。上記の性質上、相続開始まで遺言書に関する一切の事実を伏せられます。
自筆証書遺言のデメリット
ほぼ0円で作成できるメリットと引き換えに、自筆証書遺言のデメリットとして「死後トラブルになりやすい」という点があります。
下記3点を押さえ、生前の意思を相続手続きへとスムーズに反映できるよう注意しなければなりません。
デメリット①:無効になるケースが多い
自筆証書遺言の作成ルールは具体化されていないため、「記載内容の漏れや誤り」等が原因で無効になるケースが多いのが現状です。
遺言書が無効化していることに気づかないまま相続開始を迎えれば、せっかく示した最後の意思がまったく相続手続きに反映されないことになります。
作成の際は「相続分をどう指定するか」だけでなく、相続法で定められる作成ルールを守って明確な指示を心がけなければなりません。
デメリット②:発見してもらえない可能性がある
完成した書面は当然「遺言者しか知り得ない場所」で保管されがちで、そのまま死後になっても発見されないケースが多発しています。
保管場所の手がかりを残す、遺言執行者(相続法で定められる権利義務に基づいて遺言内容の実現にあたる人物)を決めて相続開始時に通知させるなど、遺言者がいない状態でも見つけられる工夫が必要です。
自筆証書遺言のデメリット③:死後「検認」が必要になる
封印された自筆証書遺言は、遺言者の死後「家庭裁判所において相続人または代理人の立会いがある」条件下で開封できるとされています(民法第1004条第3項)。
残された家族が遺言内容を確認する際は、家裁に「検認」を申立て、検認期日まで遺言書は未開封のまま保管しなければなりません(同条第1項)。
もしも検認をせずに開封してしまうと、無断開封を行った者が5万円以下の過料に処される上、遺言の効力そのものにも疑義が生じてしまいます。
上記の点を考慮して、でき上がった自筆証書遺言には「死後勝手に開封されないための工夫」が必要です(後述する「自筆証書遺言書保管制度」の利用があれば検認不要)。
自筆証書遺言が法的な効果を持つための要件
自筆証書遺の法的効力が生ずる要件は、相続法で詳しく決められています。
遺言内容の無効化を避けるため、下記①~⑤のポイントを押さえて作成しましょう。
効力の要件①:作成年月日がある
効力発生の第一の要件は、遺言者の自筆で作成年月日が記入されている事です(民法第968条本文)。
作成年月日がある事で、1通目の遺言書を破棄しないまま2通目以降の書面を作成してしまったケースでも、最新の遺言内容に効力を生じさせられます(第1023条)。
効力の要件②:遺言者の署名捺印がある
同じく民法第968条本文で、遺言者の署名捺印も自筆証書遺言の効力発生の要件だとされています。
印鑑の指定はありませんが、印影偽造リスクの低い実印を用いるのがベストです。
さらに押印した印鑑の登録証明書を遺言書に添付すると、遺言の信頼性を高められます。
また、財産目録を自筆ではなくワープロソフト等で作成する場合は、目録の各ページの印刷のある面にすべて署名捺印しなければなりません(参考:『自筆証書遺言に関するルールが変わります。』(法務局)
効力の要件③:相続内容が具体的に指示されている
遺言内容の指示方法について具体的な定めはないものの、下記のように「どの財産を誰に相続させるのか」を明確に指示しなければなりません。
- 法定相続人を指定する場合: 続柄・氏名・生年月日を明記する
- 相続権を持たない人を指定する場合: 氏名・生年月日・現住所・本籍地を明記する(法人や団体を指定する場合は、商号または団体の正式名称・本店または主な事務所の所在地・代表者氏名を記載)
- 財産を指定する場合: 資料(預金通帳・登記簿・自動車検査証など)に基づき、財産を特定できる情報を全て転記する
財産の指示に関しては、遺言書本文に着手する前に「財産目録」を作成するとスムーズです。よりイメージしやすいよう、遺言書の文例を一部紹介します。
【文例1】預金を法定相続人に相続させる場合
第×条.下記銀行預金は〇〇〇〇(×年×月×日生)に相続させる。
記
××銀行××支店
口座種別:普通預金
口座番号:×××××××
口座名義人:遺言者
【文例2】不動産を法定相続人以外の人に遺贈する場合
第〇条.下記不動産は、遺言者の内縁の妻〇〇(住所:〇県〇市〇町×丁目×番×号、生年月日:×年×月×日生)に遺贈する。
記
(1)土地
所在:東京都世田谷区××丁目××番地×号
地番:×番×
地目:宅地
地積:××.××㎡
(2)家屋
所在 東京都世田谷区××丁目××番地×号
家屋番号:×番×
種類:居宅
構造:鉄骨鉄筋コンクリート造
床面積:××.××㎡
効力の要件④:変更・訂正のルールが守られている
作成済の遺言書に後から変更や訂正を加えようとする場合、下記ルールを守る必要があります(民法第968条第3項)。
【遺言書を変更or訂正したいときのルール】
- 変更or訂正したい箇所に二重線を引く
- ①の箇所に押印する
- 二重線の横に変更or訂正後の新しい内容を記入する
- ③の欄に署名する
実際に遺言書を作成する際は、さらに遺言書の余白部分に変更or訂正内容を書き込んで署名するのが一般的です。
【余白部分の記載例】
本遺言書10行目の「普通預金」を「定期預金」に訂正した。(署名)
効力の要件⑤:遺言者の単独執筆である
自筆証書遺言書に限らず、夫婦・親子など2人以上での共同遺言は認められません(民法第975条)。
事前に家族と話し合っても構いませんが、遺言内容は必ず単独で決める必要があります。
また、署名捺印も遺言者自身のみで行い、連名にならないよう注意しましょう。
効力の要件⑥:作成時点で遺言者に正常な判断能力がある
遺言書を作成できるのは「遺言能力がある人」、つまり自己の財産の処分について正常な判断ができる人だけです(民法第963条)。
認知症と診断された、あるいは後見が開始された時点で、有効性のある遺言書は作成できません。
再び遺言できるようになるのは、医師が回復を診断したときのみです(民法第973条)。すでに高齢期に入っている人、特に健康状態に不安を持つ人は、早めに遺言書の準備に向けて行動する必要があります。
自筆証書遺言の作成費用
先で触れた通り、自筆証書遺言は「筆記用具と封筒」「遺言者の印鑑」の2点があれば作成できるため、最低費用はほとんどゼロです。
ただし、無効化を避けて安全に保管する上では、専門家報酬や保管料が別途かかります。
【自筆証書遺言の作成費用】
- 筆記用具と封筒の購入代金
- 専門家報酬(※作成指導を受けた場合)
- 保管料(※自宅以外で保管する場合)
保管料については後述し、ここでは専門家報酬の相場を紹介します。
専門家報酬の相場
自筆証書遺言の作成依頼先は、弁護士または司法書士です。報酬の目安はそれぞれ下記の通りで、より高度な対応(相続トラブル対策や事業承継など)ができる弁護士がやや高額になる傾向があります。
【専門家報酬の相場】
- 相談料(弁護士、司法書士共通): 0円~5,000円
- 司法書士に依頼する場合: 5万円~15万円
- 弁護士に依頼する場合: 10万円~20万円(目的価額(相続財産の価額)が300万円以内であるケースの目安)
- 遺言書のチェックのみ依頼する場合: 3万円
弁護士、司法書士ともに遺言書案文(=原案となる文面)の作成が主な業務です。
付随する業務として「財産調査に基づく遺言内容のアドバイス」「書面執筆に備えた事前指導」のほか、「遺言執行者への就任」も行います。
自筆証書遺言の保管
遺言書を自宅で保管すると、たとえ発見されやすい場所で管理していたとしても「火災に巻き込まれて焼失した」「認知症を患って適切な管理が出来なくなった」等のトラブルが生じがちです。
自筆証書遺言を、2点目のデメリットである「発見してもらえないリスク」を確実に防ぐためには、下記のように自宅外で信頼できる機関に預けておくのがベストです。
貸金庫で保管する
安全な遺言書の保管先としてよく利用されているのは、取引先銀行で契約できる貸金庫です。
利用料として年間16,000円~4万円(金額は目安)ほどかかりますが、紛失・滅失はほぼ確実に防げます。
一方で、やはり「貸金庫に遺言書があると知っているのは作成した本人だけ」という状況が問題です。
死後発見してもらえるよう、少なくとも「貸金庫の契約がある」という事実だけは、生前のうちに家族に伝えておくべきでしょう。
士業に保管を依頼する
作成依頼先の士業(司法書士や弁護士)を遺言執行者に指定すれば、完成した遺言書を預かってもらえます。
死後は遺言執行者の任務の一環として遅滞なく親族へと通知されるため、遺言書が発見されないまま相続手続きが進行する心配もありません。
ただし、依頼先により報酬設定に違いがある点が要注意です。
遺言書作成の報酬とは別途料金がかかる場合があるため、契約条件を確認しましょう。
金融機関の「遺言書保管サービス」を利用する
金融機関(信託業者として登録する銀行など)でも、契約者から遺言書を預かるサービスを「遺言書管理信託」などの名称で提供しています。
サービスの多くは料金内で金融機関の担当者を遺言執行者に指定でき、士業に預ける場合と同じく死後の通知を任せられます。
料金面では、士業と比べて銀行は割高になりがちです。また、高度な法律相談には対応できません。
上記の点から、今後相続トラブル発生の可能性が低いケースのみの利用が適しています。
法務局の「自筆証書遺言書保管制度」を利用
2020年7月から遺言書保管法が施行され、法務局でも保管サービスが利用できるようになりました。
費用は格安(保管申請時のみ1通につき3,900円)で、保管された遺言書は全国どこの法務局からでも閲覧・変更・保管の撤回が可能です。
この「自筆証書遺言書保管制度」の最大のメリットは、保管中の遺言について検認不要で執行できる点です(遺言書保管法第11条)。
なお、法律相談や遺言執行者への就任については、「自筆証書遺言書保管制度」ではカバーできません。
遺言内容の実現に関する悩みについては、士業と相談する必要があります。
自筆証書遺言の検認
死後必要な「検認」の申立ては、遺言者(亡くなった人)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で行います。
この際、申立書類として下記一式を提出する他、手数料800円を収入印紙で納める必要があります。
【検認申立て時の必要書類】
- 記入済の申立書
- 遺言者の戸籍謄本(出生時から死亡時まで全て要)
- 相続人全員分の戸籍謄本(遺言者との身分関係が分かるもの)
書類受理後は検認期日が通知され、当日は申立人が未開封の遺言書を持って来所します。
なお、相続法上は「相続人または代理人」が検認に立ち会う必要があるとされていますが、実際の運用では申立人以外の人については来所不要とされています。
まとめ
自筆証書遺言は気軽に費用をかけず作成できるのがメリットですが、一方で「作成年月日あるいは署名捺印の漏れがある」「保管中に紛失して死後発見されない」等の理由で無効になりやすい性質を持ちます。
また本文では触れなかったものの、最も重要なのは遺言内容そのものです。
無用な相続トラブルを避けるには、徹底した財産調査と分析が欠かせません。
相続の専門家によるコンサルタント(遺言内容の提案・作成指導・完成後のレビュー)があれば、問題の起きやすい自筆証書遺言でも安心できるでしょう。

大学卒業後、メガバンクの融資部門での勤務2年を経て不動産会社へ転職。転職後、2015年に司法書士資格・2016年に行政書士資格を取得。知識を活かして相続準備に悩む顧客の相談に200件以上対応し、2017年に退社後フリーライターへ転身。