60歳以上の父母や祖父母が20歳以上の子や孫に財産を贈与した際に選択できる制度の「相続時精算課税制度」。
この制度は、実は注意が必要となっており、きちんと調べずに利用をすると損をしてしまう可能性もあります。
ここでは、税理士が相続時精算課税制度について解説します。
目次
相続時精算課税制度とは
相続時精算課税制度の概要
相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母や祖父母が20歳以上の子や孫に対して財産を贈与した場合に選択することができる制度です。
贈与を受けたときに特別控除額と一定の税率で贈与税を計算し納付しますが、贈与した父母や祖父母が亡くなったときにその贈与財産を相続財産に加算した上で相続税額を計算し、すでに支払った贈与税額をその相続税額から控除することで精算します。
なお、この制度を一度選択すると選択した年以降のその贈与者からの贈与については相続時精算課税制度が適用され、暦年贈与(制度の内容は後述)へ変更することはできません。
相続時精算課税制度の対象者
この制度は財産を贈与する人(贈与者)と財産の贈与を受ける人(受贈者)がそれぞれ以下の者である場合に限り選択することができます。
- 贈与者: 贈与をした年の1月1日において60歳以上である父母または祖父母
- 受贈者: 贈与を受けた年の1月1日において20歳以上である者のうち、贈与者の直系卑属(子や孫)である推定相続人または孫
相続時精算課税制度の適用財産
特に財産内容について制限はなく、どのような財産を贈与しても選択することができます。また、贈与する金額や回数にも特に制限はありません。
相続時精算課税制度と暦年贈与
贈与の種類には相続時精算課税による贈与のほかに暦年贈与とよばれる贈与があります。暦年贈与の概要とそれぞれの違いについて見てみましょう。
暦年贈与とは
相続時精算課税による贈与に対し、暦年贈与とよばれる贈与税の制度があります。
こちらは1年間に贈与を受けた財産の合計額をもとに贈与税額を計算する制度であり、贈与者や受贈者の要件も特にありません。
相続時精算課税制度と暦年贈与の違い
相続時精算課税と暦年贈与には贈与税の計算方法や申告方法等において以下のような違いがあります。
- 暦年贈与:
- 暦年贈与の場合、その年の1月1日から12月31日までの間に贈与を受けた財産の合計額が110万円を超える場合に贈与税が課されます。この110万円を基礎控除といい、1年間に贈与を受けた金額が110万円以下であれば贈与税もかからず、贈与税の申告書を提出する必要もありません。この贈与における税率は累進課税となっており、贈与財産の金額が大きくなるにつれて税率も高くなり、その税率は10%から55%まで設定されています。また贈与者と受贈者について特に制限はなく、相続時精算課税を選択しない限り暦年贈与が適用されます。
- 相続時精算課税:
- 相続時精算課税を選択した場合には贈与総額が2,500万円を超えるまでは贈与税が発生しません。この2,500万円を特別控除といいます。贈与総額が2,500万円を越えた場合には一律20%の贈与税が課されます。相続時精算課税における贈与税は、あくまで相続税の前払いであり相続時にいずれ精算されるため、贈与財産額の大小にかかわらず20%としています。
また、暦年贈与とは違い上述の通り贈与者と受贈者にそれぞれ要件が決められています。
そして相続時精算課税は選択制となっており、贈与税の申告においてこの制度を選択する旨を記載した「相続時精算課税選択届出書」を提出する必要があります。
また、その年の贈与財産の金額が2,500万円以下であったために贈与税額が発生しなかった場合でも贈与税の申告書を提出する必要があります。
相続時精算課税制度のメリットとデメリット
相続時精算課税制度のメリット
この制度のメリットは、やはり2,500万円までは贈与税を支払わずに贈与が可能な点です。
相続時に贈与財産も含めて相続税を計算するため完全に無税ではありませんが、税金の先送りをすることが可能です。
贈与はしておきたいが贈与税を考えると贈与できない、というような場合にはメリットがあります。
また相続時に贈与財産が加算されますが贈与時の価額で加算されますので、将来値上りが見込まれる財産などをこの制度を使って贈与することで将来の相続税が安くなる可能性があります。
相続時精算課税制度のデメリット
ある贈与者からの贈与について一度相続時精算課税を選択してしまうと、その贈与者からの贈与については暦年贈与に戻ることはできません。
また何度も申し上げますが、2,500万円までは無税で贈与できますが、その贈与者が亡くなった場合にはその贈与財産は相続財産に加算され相続税の対象となります。
よって無税で贈与といっても節税されているわけではなく、税金の納付を先送りしているだけにすぎません。
この制度は、使い方によってはメリットどころかデメリットが生じてしまう場合もあります。以下、いくつかのケースに応じてメリット・デメリットを見てみましょう。
暦年贈与と比較した場合のメリットとデメリット
暦年贈与における基礎控除は年間110万円ですが、相続時精算課税の特別控除は2,500万円です。
さらに暦年課税の場合は累進課税となっており最高55%の贈与税が課されるため、どうしても生前に多くの財産を贈与しておきたい場合や、将来相続税がかかりそうにないが早く財産を贈与しておきたい場合には相続時精算課税を選択するメリットはあります。
しかし、先述の通り相続時精算課税を選択すると暦年贈与に戻ることはできません。
暦年課税には基礎控除があり年間110万円までは無税で贈与ができます。
相続時精算課税を選択することで、この110万円の基礎控除を捨ててしまうことになるのが大きなデメリットです。
なお、基礎控除の110万円と特別控除の2,500万円の関係ですが、基礎控除は完全な非課税枠です。
つまり非課税となった贈与財産は一定の場合を除き将来においても相続税を課されることはありません。
一方、特別控除は贈与時の贈与税額を安くおさえる、又は税金の支払を先送りさせるためだけのものであり、基礎控除のように完全な非課税枠ではありません。
贈与税がかからなかった贈与財産も将来相続財産に加算され相続税の対象となります。
この関係を知らずに安易に相続時精算課税を選択してしまうと、毎年の基礎控除110万円を無駄に捨てることになるため、注意が必要です。
相続税と比較した場合のメリットとデメリット
相続時精算課税によって生前贈与しようが、贈与をせずそのまま相続を迎えようがその財産は相続税の対象となります。
違いは、相続財産としていつの時点でその財産を評価するかといったポイントだけです。
贈与時よりも相続時の方が確実に値上りする財産であれば、相続時生産課税を選択するメリットがあります。
ただ、「将来確実に値上りする」と判断するのは難しいのではないでしょうか。現金は時価の変動はなく、株式などはその価額が常に上下します。
「現在価値が下落している」と相続時精算課税を選択したものの、相続時にもっと価値が下落して結果的に損する可能性は大いにあります。
また、不動産の贈与についてはこの制度はデメリットとなる場合が多いでしょう。その理由は、相続税の計算の際にある「小規模宅地の特例」です。
自宅や自営業用の宅地、貸付けていた宅地について最大80%をその宅地の評価額から減額できますが、これは相続によって取得したものに限ります。
相続時精算課税は相続税の計算上は相続財産に加算されますが、あくまで贈与です。贈与で取得した宅地については小規模宅地の特例は使えません。
この制度が使えるかどうかで、相続税額に大きな影響を与えますので宅地の贈与については細心の注意が必要です。
相続時精算課税制度の利用検討
それでは今まで述べてきた内容を一度整理してみましょう。相続時精算課税がおすすめなケース、そうでないケースは以下の通りとなります。
相続時精算課税制度がおすすめなケース
- どうしても生前贈与をしておきたい財産がある場合で贈与財産額が大きい場合
- 将来相続税がかからない場合で生前贈与を積極的に行ないたい場合
- 将来値上りが確実に見込まれる財産を贈与する場合
- 生前に財産の取得者をあらかじめ特定して贈与しておきたい場合
相続時精算課税制度を利用しないほうがよいケース
- 暦年贈与の基礎控除110万円を使って少しずつでも確実に節税したい場合
- 将来の財産価値の変動が見込めない財産を贈与する場合
- 自宅や自営用、貸付用の宅地を贈与する場合(これらが複数ある場合には制度適用の検討も有効な場合有り)
税額の計算法
相続時精算課税制度における税金の計算方法は1年間に贈与を受けた財産の合計額から2,500万円の特別控除を控除した残額に20%を乗じて計算します。
2,500万円の特別控除は1年限りで使い切る必要はありません。通年した贈与総額が2,500万円に達するまでは贈与税はかかりません。
相続時精算課税制度の税額計算例
- 1年目に3,000万円贈与をした場合
- 1年目に2,000万円、2年目に1,000万円贈与した場合
1年目 (2,000万円-2,000円)×20% = 0円
2年目 (1,000万円-※500万円) ×20% =100万円
※2,500万円-2,000万円(1年目使用分)=500万円
手続き方法
贈与方法の選択
贈与には2種類あり、相続時精算課税は選択制です。精算課税を選択するのか暦年贈与でいくのかまずは意思決定が必要です。
相続時精算課税選択届出書の提出
この制度を選択しようとする受贈者はその選択をした最初の贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日の間に一定の書類を添付して受贈者の住所を所轄する税務署に提出します。
贈与税申告書の提出
上記届出書と一緒にその贈与について贈与税の申告書を所轄税務署に提出します。この場合、贈与額が2,500万円以下であるために贈与税額がゼロとなる年についても贈与税の申告書の提出が必要です。
相続時精算課税制度の節税効果
何度も述べてきましたが、相続時精算課税によって贈与した財産も最終的には贈与時の価額で相続財産に加算されて相続税の対象となります。
贈与時の価額が相続時の価額より低かったため結果的に相続税が安く済んだケースも考えられますが、節税効果は期待しないほうが良いでしょう。
相続時精算課税制度の注意点
相続時精算課税は「生前相続」ともいわれることがあります。本来相続時に取得する財産を贈与という形態をとって生前に分け与えておく制度です。
無税で贈与できたとしても贈与時点では無税なだけであり、また税額が発生した場合でもあくまで相続税の前払いです。
相続税の事前処理のようなものであり基本的に節税効果はありません。
暦年贈与に戻れないことにより110万円の基礎控除を多くの期間使えない、安易に自宅の宅地を贈与したために、相続時に使えたはずであった小規模宅地の特例を使えないなど逆にデメリットも多いのがこの制度です。
節税目的ではなく、あくまで「生前相続」として財産を生前に自らの意思で分け与えておくという観点からの利用方法が望ましいでしょう。
また贈与財産を加算されたとしてなお相続税は基礎控除の範囲内で済みそうなので、早期にまとまった金額の贈与をしておきたいなどいった場合はこの制度のメリットを受けることができるでしょう。
まとめ
相続時精算課税といえば「2,500万円までは無税で贈与できる」というフレーズがまず浮かびますが、贈与時点では無税なだけです。
使い方によっては逆に損しないようにこの制度の注意点やデメリットをよくご理解いただいたうえでのご利用検討をおすすめいたします。
安井貴生
税理士。税理士法人に所属して活動しており、法人税決算から税務申告・税務調査立会、経営相談まで幅広く業務を行っている。最近は、相続や事業承継案件、M&Aなどの取扱いが増加中。土地や非上場株式などの財産評価を得意とするが、節税ありきではなく相続人全員が納得する相続業務を何よりも重視している。