これまで、相続手続きのために戸籍を集めるには、過去に本籍を置いた全ての市区町村役場から、それぞれ戸籍謄本等を取り寄せる必要がありました。
2024年3月から始まった戸籍の広域交付制度により、現在では、一部の市区町村を除き(※)、本籍地以外の役場でも戸籍をまとめて請求できるようになり、この手間が大幅に軽減されるようになりました。
なお、従来どおり本籍地の市区町村役場に直接請求する方法も引き続き利用できます。そのため、状況に応じて「広域交付制度を活用するか」「従来どおり個別に請求するか」を選択することが可能です。
この記事では、新しい制度を活用して相続に必要な戸籍を効率的に集めるための、具体的な請求手順と注意点を解説します。
※広域交付制度が適用されるのは、行政の「戸籍情報連携システム」に登録・連携されている戸籍(コンピュータ化されている戸籍)に限られます。そのため、古い手書きの戸籍やシステム未対応の戸籍は、従来通り本籍地の自治体窓口での取得が必要です。
目次
戸籍の広域交付の変更点 全国どこでも請求可能に
戸籍の広域交付制度の登場により、相続手続きにおける戸籍収集の方法は大きく変わりました。従来の方法と比べて、主に以下の点が変更されています。
請求先が拡大された
最寄りの役所窓口で、全国どこの本籍地の戸籍証明書でも一括して請求できるようになりました。(従来は、本籍地のある市区町村ごとに個別に請求する必要がありました。)
請求方法が限定された
請求は役所の「窓口」のみに限定され、郵送やオンラインでの請求はできなくなりました。従来は、郵送での請求も可能でした。
代理人による請求が不可になった
委任状を使った代理人による請求はできなくなりました。必ず請求できる本人(本人、配偶者、直系尊属・卑属)が窓口へ行く必要があります。従来は、委任状による代理人請求が可能でした。相続手続きで戸籍を取得する場合には、必ず亡くなった人の配偶者、または直系尊属(父母、祖父母)・卑属(子・孫)という立場で請求することになります。
本人確認が厳格化された
本人確認には、運転免許証やマイナンバーカードといった官公署発行の「顔写真付き身分証明書」が必須となりました。従来は、健康保険証など顔写真のない証明書でも可能な場合がありました。
この制度の最大のメリットは、複数の役所に個別に連絡する手間が省ける点ですが、一方で利用するための要件が厳しくなった側面もあります。
戸籍の広域交付制度とは 本籍地以外の役場で一括請求できる
改めて、戸籍の広域交付制度の仕組みを解説します。
これは、これまで自身の本籍地がある市区町村でしか取得できなかった戸籍証明書を、本籍地以外の最寄りの市区町村役場の窓口でも請求・取得できるようになった制度です。2024年3月1日から、全国の役所で運用が開始されました。
この制度は、法務省が管理する「戸籍情報連携システム」を活用しています。全国の市区町村が保有する戸籍情報をサーバー上で連携させることで、どの役所の窓口からでも、他の市区町村が管理する戸籍情報の証明書を発行することが可能になりました。
これにより、相続手続きのように、亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍(除籍謄本、改製原戸籍謄本など)や、相続人全員の現在の戸籍謄本が必要になる場面で、あちこちの役所に請求する手間なく、一か所の窓口で手続きを完結させられるようになりました。
【監修者 名波 直紀司法書士の補足ポイント】
この制度の創設により、特に転籍を繰り返している方の相続手続きは劇的に効率化されました。
これまで数週間から1ヶ月以上かかっていた戸籍収集が、早ければ1日で完了するケースもあります。相続手続きの手間が大幅に減る改正となりました。
【5ステップ】戸籍の広域交付を利用した戸籍謄本の請求手順
戸籍の広域交付制度を利用する際の手順は、大きく5つのステップに分けられます。特に必要書類には厳格なルールがあるため、事前にしっかり確認してから役所へ向かいましょう。
STEP1:請求できる人と請求対象の戸籍を確認する
まず、誰が何を請求できるのかを正確に把握することが重要です。
【請求できる人】
広域交付を利用して戸籍証明書を請求できるのは、以下の範囲の人に限られます。
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本人(相続人本人の戸籍を取得する場合)
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配偶者
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父母、祖父母など(直系尊属)
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子、孫など(直系卑属)
相続手続きにおいては、「被相続人の子」として、亡くなった親の出生から死亡までの一連の戸籍を請求するケースや、相続人が「本人」として自身の現在の戸籍謄本を請求するケースがこれに該当します。重要なのは、傍系親族である故人の兄弟姉妹や、甥・姪、叔父・叔母の戸籍は、この制度では請求できないという点です。
【請求できる証明書の種類】
広域交付で取得できるのは以下の証明書です。
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戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)
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除籍全部事項証明書(除籍謄本)
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改製原戸籍謄本
コンピュータ化されていない一部の戸籍謄本・除籍謄本は対象外です。また、戸籍抄本(戸籍個人事項証明書)や戸籍の附票、身分証明書などは広域交付の対象外となります。
STEP2:必要書類を準備する【重要:顔写真付き身分証明書が必須】
広域交付の請求では、本人確認が非常に厳格に行われます。必ず、官公署が発行した顔写真付きの身分証明書を持参してください。
【認められる身分証明書の例】
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運転免許証
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マイナンバーカード
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パスポート
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在留カード など
健康保険証、年金手帳、社員証といった顔写真のない身分証明書では、たとえ複数提示したとしても請求は認められません。
この点が、従来の郵送請求などと大きく異なる最も重要な注意点です。
STEP3:最寄りの市区町村役場の窓口へ行く【郵送・オンラインは不可】
必要書類が準備できたら、お住まいの地域や勤務先など、ご自身にとって都合の良い市区町村役場の戸籍担当窓口へ行きます。
注意点として、戸籍の広域交付は窓口での請求のみとなっており、郵送やオンライン(マイナポータルなど)での請求には対応していません。必ず平日の開庁時間内に役所へ訪問する必要があります。交付には時間がかかる場合があるため、時間に余裕を持って訪問することをお勧めします。
STEP4:請求書を記入し、手続きを行う
窓口に備え付けの「戸籍証明書等請求書」に必要事項を記入します。自治体によって書式は異なりますが、概ね以下の情報を記載します。
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請求者の氏名、住所、生年月日
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請求対象者(戸籍に記載されている人)の氏名、筆頭者、本籍地
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必要な証明書の種類と通数
相続手続きで「被相続人の出生から死亡までの一連の戸籍」が必要な場合は、その旨を請求書に記載し、窓口の職員にも口頭で明確に伝えましょう。「被相続人〇〇(氏名)、生年月日△△、死亡年月日□□の、出生から死亡までの一連の戸籍をすべてお願いします」と伝えれば、職員がシステムで情報を辿りながら必要な戸籍を特定してくれます。
窓口で請求する際は、被相続人の氏名、生年月日、死亡年月日に加え、少なくとも最後の本籍地と筆頭者を正確に伝えると、職員の方がスムーズに検索できます。わかる範囲で情報を整理したメモを持参すると、手続きが円滑に進みます。
STEP5:手数料を支払い、証明書を受け取る
請求内容に基づいて、職員が必要な戸籍証明書を発行します。発行された証明書の内容を確認し、手数料を支払います。
受け取りまでにかかる時間は、請求する戸籍の数や内容によって大きく異なります。数通であればその場で即日交付されることも多いですが、出生まで遡るなど通数が膨大になる場合や、古い戸籍の判読に時間がかかる場合などは、後日交付となることもあります。後日交付の場合は、再度窓口へ受け取りに行くか、郵送での受け取りを選択できる場合があります(対応は自治体による)。
戸籍の広域交付にかかる費用と期間
手数料は全国一律 広域交付で請求した場合でも、各種証明書の手数料は通常と変わりません。また、どの役所で請求しても手数料は全国一律です。
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戸籍全部事項証明書(戸籍謄本):1通 450円
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除籍全部事項証明書(除籍謄本):1通 750円
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改製原戸籍謄本:1通 750円
例えば、相続手続きで除籍謄本3通と改製原戸籍謄本2通を取得した場合の合計手数料は、750円×5=3,750円 となります。
請求した戸籍は即日交付
前述の通り、交付時間はケースバイケースです。システムが順調に稼働しており、請求する戸籍が数通程度であれば、15分〜30分程度で即日交付されることもあります。
一方で、相続手続きのための「出生から死亡まで」の一括請求では、十数通に及ぶことも珍しくありません。このような場合は、システムの検索や他の市区町村への確認に時間がかかり、1時間以上待ったり、当日の交付が難しく後日交付となったりする可能性があります。
特に、制度開始直後や相続税申告の期限が集中する時期などは窓口が混み合うことも予想されるため、時間に余裕をもって手続きを行いましょう。
戸籍の広域交付を利用する際の注意点
戸籍の広域交付は非常に便利な制度ですが、誰でもどんな状況でも使える万能なものではありません。利用にあたっては、以下の6つの注意点・リスクを必ず理解しておく必要があります。
請求できるのは本人・配偶者・直系尊属・卑属のみ
繰り返しになりますが、請求者の範囲は厳格に定められています。相続手続きで問題になりやすいのが、「兄弟姉妹が相続人」となるケースです。この場合、亡くなった被相続人の兄弟姉妹や、先に亡くなっている兄弟姉妹の子(甥・姪)の戸籍も必要になりますが、これらは直系血族ではないため広域交付で取得することはできません。
委任状による代理人請求は専門家でも認められない
本人が役所に行けない場合に家族や知人に依頼するための「委任状」は、広域交付制度では利用できません。必ず請求権のある本人(配偶者や直系尊属・卑属)が直接窓口へ行く必要があります。また、司法書士や弁護士、税理士、行政書士といった専門家であっても、依頼者の代理として広域交付を利用することはできません。
請求は市区町村の「窓口」のみ 郵送・オンラインは不可
多忙で平日の日中に役所へ行く時間が取れない方や、役所から遠い場所にお住まいの方にとっては、窓口請求しか手段がない点は大きなデメリットです。この場合、従来通り、本籍地を特定して個別に郵送請求を行う必要があります。
顔写真付きの本人確認書類がなければ手続きできない
運転免許証を返納した高齢者の方や、マイナンバーカードをまだ作成していない方など、指定の顔写真付き身分証明書を持っていない場合は、広域交付制度を利用することができません。
コンピュータ化されていない一部の戸籍は対象外
市区町村によっては、戦災で焼失した戸籍や、非常に古い手書きの戸籍(改製原戸籍)などが、まだコンピュータシステムに取り込まれていない場合があります。このような戸籍は広域交付の対象外となるため、その戸籍が保管されている本籍地の役所に直接請求する必要があります。
相続のケースによっては活用が難しい場面がある
上記を総合すると、相続の態様によっては広域交付のメリットを十分に活かせない、あるいは全く利用できない場面があります。特に、相続人が配偶者と子(直系卑属)のみといった単純なケース以外、例えば兄弟姉妹が相続人になる場合や、代襲相続が複雑に発生している場合には、結局、専門家でないと収集が困難なケースが多いのが実情です。
特に「兄弟姉妹の戸籍が取れない」「代理人請求ができない」という2点は、実務上大きな制約です。相続人が高齢で役所に行けない、疎遠な兄弟が相続人であり現住所が不明、といったケースでは、ご自身で進めるのは困難を極めます。このような場合、我々専門家は職務上請求を用いて対応します。
戸籍の広域交付に関するよくある質問(Q&A)
Q1. 亡くなった兄弟の戸籍も広域交付で取得できますか?
A1. できません。広域交付で請求できるのは、ご自身の戸籍、配偶者の戸籍、直系尊属(父母・祖父母等)、直系卑属(子・孫等)の戸籍に限られます。兄弟姉妹は傍系親族にあたるため、対象外です。兄弟の戸籍が必要な場合は、その兄弟の本籍地がある市区町村へ直接請求する必要があります。
Q2. 忙しくて役所に行けないので、委任状で家族に頼めますか?
A2. できません。戸籍の広域交付では、本人確認が厳格化されているため、委任状を用いた代理人による請求は一切認められていません。必ず請求権を持つご本人が、顔写真付きの身分証明書を持参して窓口へ行く必要があります。
Q3. なぜ郵送での請求はできないのですか?
A3. 本人確認の厳格化が理由です。広域交付制度では、他人の戸籍の不正取得を防ぐため、対面で、かつ顔写真付きの身分証明書による厳格な本人確認を行うことを前提としています。そのため、現状では窓口での請求に限定されています。
Q4. 戸籍抄本(個人事項証明書)も請求できますか?
A4. できません。広域交付の対象は、戸籍全部事項証明書、除籍全部事項証明書、改製原戸籍謄本といった「全部事項証明書(謄本)」のみです。特定の人の情報だけを記載した戸籍抄本(個人事項証明書)は対象外となります。
Q5. 交付に時間がかかると言われました。なぜですか?
A5. 相続手続きで出生まで遡る場合など、請求する戸籍の通数が多くなると、全国のサーバーへアクセスして情報を検索・特定するのに時間がかかるためです。また、古い手書きの戸籍などの判読に時間を要する場合もあります。そのため、即日交付できずに後日交付となることがあります。
Q6. 職務上請求とは何ですか?専門家なら広域交付を代理できますか?
A6. 職務上請求とは、弁護士、司法書士、行政書士などの国家資格者が、受任した業務を遂行するために必要な範囲で、戸籍や住民票などを請求できる制度です。ただし、この職務上請求は広域交付制度の対象外です。専門家は、広域交付を代理するのではなく、従来通りの方法(各役所への郵送請求など)で、依頼者に代わって戸籍を収集します。
戸籍収集で困ったときに相談できる専門家
広域交付制度が利用できない・使いにくいケース
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兄弟姉妹が相続人となるケース、または代襲相続が発生している場合
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相続人が多く、関係性も疎遠で必要戸籍の範囲が判断できない場合
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平日に役所へ行く時間がどうしても作れない、または体調等の理由で外出が困難な場合
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顔写真付きの身分証明書を持っていない場合 上記のようなケースでは、ご自身で戸籍収集を完了させるのは非常に困難です。
専門家に依頼するメリット 相続手続きにおける戸籍収集は、司法書士や行政書士といった専門家に依頼することができます。専門家は「職務上請求」という権限を用いて、依頼者に代わって必要な戸籍を正確かつ迅速に収集することが可能です。広域交付が使えないケースでも、全国の役所に郵送等で請求を行い、相続手続きに必要なすべての戸籍を漏れなく集めることができます。手間と時間を大幅に削減し、ストレスなく次のステップに進めるのが最大のメリットです。
【まとめ】戸籍集めが難しい場合は専門家に相談を
戸籍の広域交付制度は、相続手続きにおける戸籍収集の負担を大きく軽減する画期的な制度です。利用できる条件に合致する方にとっては、これまで数週間以上かかっていた作業を、早ければ1日で終えられる可能性のある強力なツールとなります。
しかし、請求できる人が限定されている点や、代理人請求・郵送請求が一切できない点など、いくつかの重要な制約も存在します。特に、相続人が兄弟姉妹であるケースや、ご自身で役所へ行くことが難しい場合には、この制度の恩恵を受けることはできません。相続手続きは、戸籍収集が完了しないと一切先に進めることができません。
もしご自身のケースで戸籍収集が難しいと感じたり、手続き全体に不安があったりする場合は、戸籍収集を職務として行える専門家である司法書士や行政書士に相談することをお勧めします。専門家は職務上請求権を用いて皆様に代わって正確な戸籍を迅速に収集し、その後の遺産分割協議や不動産の名義変更(相続登記)まで、相続手続き全体を円滑にサポートすることが可能です。
この記事の監修者:名波 直紀
代表 名波 直紀 司法書士

平成8年に浜松の地で開業して以来、地元の方々から寄せられる相続・遺言等のご相談に対応させていただいております。2,000件以上の相談実績を踏まえ「もめない相続」の普及に日々取り組んでいます。
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