相続でよくある悩みを人生相談として取り上げます。亡くなった親に多額の借金がある場合には相続放棄を検討しますが、実家の不動産など残しておきたい財産がある場合には「限定承認」という方法があります。どうすれば良いか悩んでいる方のお悩みについて、シャイン司法書士法人・行政書士事務所の西川徹司法書士が解説します。
相続財産に借金が…実家不動産を残したい
相談者:田中一郎さん(仮名・50代)
先日、実家で一人暮らしをしていた父が他界しました。相続人は私と妹の2人です。
父は会社員として堅実に勤め上げ、無事に定年を迎えました。実家不動産以外にめぼしい財産はないと聞いていましたが、まさか預貯金がほとんど残っておらず、それどころか数百万円単位の借金があることが判明し、途方に暮れています。父が亡くなる少し前に、金融機関からの督促状のようなものが届いているのを見かけたのですが、その時は父が「大丈夫だ」と言うので、深く追求しませんでした。
しかし、今になってその「大丈夫ではない」状況を突きつけられ、どうして良いか分かりません。 実家は、私たち子どもにとっては生まれ育った大切な家です。私も近くに住んでおり、できればこの家を手放したくありません。ただ、父が残した借金を私が引き継ぐのは避けたいです。妹も同じ気持ちです。
調べると「相続放棄」という手続きがあるようですが、相続放棄をすると実家も相続できなくなると聞きました。借金だけを相続放棄して、実家は相続する、なんて都合の良いことはできないのでしょうか? 借金は負いたくない、でも実家は守りたい…。どうすればこの悩みを解決できるでしょうか?
相談に回答してくれた専門家
シャイン司法書士法人・行政書士事務所
西川 徹 司法書士

田中様、この度は心よりお悔やみ申し上げます。お父様の相続に際し、思いがけない借金が判明し、ご心痛のこととお察しいたします。
大切なご実家を守りたいお気持ちと、借金を負いたくないというお気持ちの間で、大変お辛い状況ですね。 相続財産に借金が含まれている場合、対応を誤るとご自身の財産まで失うリスクがあります。
しかし、安易に「相続放棄しかない」と決めつけてしまう前に、状況を冷静に把握し、適切な手段を検討することが重要です。
田中様のように「借金は負いたくないが、特定の財産(この場合は実家)は残したい」というご要望は、一般的な相続や単純な相続放棄だけでは叶えるのが難しいケースが多いです。
しかし、このような状況に有効な手段として「限定承認」という手続きがあります。 ご自身の権利を守り、ご希望を叶えるために、どのような選択肢があるのか、特に限定承認について詳しく解説します。
目次
借金と不動産がある相続の難しさ
亡くなった被相続人の財産には、預貯金や不動産といったプラスの財産(資産)だけでなく、借金や未払金といったマイナスの財産(負債)も含まれます。
相続人は、これらのプラスの財産もマイナスの財産も、原則として全て引き継ぐことになります。
プラスの財産もマイナスの財産もすべて相続することを「単純承認」といいます。皆さんが「相続」と呼ぶものは、この単純承認を指します。
もし、プラスの財産よりもマイナスの財産(借金)の方が明らかに多い場合、単純承認をしてしまうと、相続人は故人の借金を自分の財産から返済しなければならなくなるリスクを負います。
田中様のように、数百万円単位の借金があることが判明した場合、特にこのリスクが問題となります。
では、借金を相続しないようにするにはどうすれば良いでしょうか。田中様がお調べになったように、一般的には「相続放棄」という方法が考えられます。
相続放棄とは メリット・デメリット
相続放棄とは、相続人としての権利を一切放棄する手続きです。
これにより、プラスの財産もマイナスの財産も、一切相続しないことになります。初めから相続人ではなかった、という扱いになります。
メリット:故人の借金を一切引き継がなくて済む点です。マイナスの財産がプラスの財産を明らかに上回る場合や、「そもそも故人との関わりがなく、相続に関わりたくない」といった場合には非常に有効な手段です。
デメリット: プラスの財産も一切相続できなくなる点です。田中様のように、実家などの残したい財産がある場合、相続放棄をするとその財産も手放さなければならなくなります。
また、一度相続放棄をすると、原則として撤回はできません。さらに、次の順位の相続人に相続権が移るため、思わぬ形で他の親族に迷惑をかけてしまう可能性もあります。
田中様は「借金だけを相続放棄して、実家は相続する」という都合の良いことはできないか、と仰っていますが、その通りで、相続放棄は特定の財産を選んで相続することはできません。
財産の全てを放棄するか、全て(原則)を相続するかのどちらかになります。「借金は負いたくないけど、実家などの特定の財産は残したい」という田中様の状況には、相続放棄は適さないと言えるでしょう。
「借金は負いたくないけど、特定の財産は残したい」を叶える「限定承認」とは?
ここで検討すべきなのが、もう一つの相続方法である「限定承認」です。
限定承認とは「相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみ、故人の借金を清算する」という条件付きの相続方法です。
単純承認、相続放棄、限定承認を図で示すと以下のようになります。

つまり、故人の財産全体を精算してみて、もしプラスの財産が多ければ、借金を返済した後に残った財産を相続できます。逆に、マイナスの財産(借金)の方が多ければ、プラスの財産で可能な限り借金を返済しますが、それで足りなくても、相続人自身の財産から不足分を負担する必要はありません。
限定承認と相続放棄の違い
限定承認と相続放棄の最も大きな違いは、「プラスの財産を相続できる可能性があるかどうか」です。
- 相続放棄: プラス・マイナスに関わらず、一切の財産を相続しない。
- 限定承認: プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を清算し、プラスの財産が残ればそれを相続できる。
田中様のように「実家は残したいが借金は負いたくない」というご要望がある場合、相続放棄では実家を失ってしまいますが、限定承認であれば、手続きの結果次第で借金を負うことなく実家を残せる可能性がある、という点が重要な違いです。
限定承認の具体的な手続きと注意点
限定承認は、相続放棄に比べて手続きが複雑です。主な手続きは以下の通りです。
限定承認の手続き
1. 相続開始を知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所に申し立てる
相続放棄と同様、限定承認も期限があります。故人の死亡を知った日(通常は死亡日)から3ヶ月以内に、故人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述(申し立て)を行う必要があります。この期間内に財産調査が終わらない場合などは、家庭裁判所に申し立てて期間を伸ばしてもらうことも可能です。
2. 相続人全員の同意と共同での申し立て
限定承認は、原則として相続人全員が共同して家庭裁判所に申し立てる必要があります。相続人のうち一人でも反対する人がいたり、協力が得られなかったりすると、原則として限定承認はできません。
もし、他の相続人が限定承認に非協力的・消極的な場合は、その相続人には先に相続放棄をしてもらい、限定承認をしたい相続人だけが単独で申し立てる、という方法が検討できる場合があります。ただし、この場合も期間制限に注意が必要です。
3. 相続財産清算人の選任
限定承認が受理されると、相続財産清算人が選任されます。相続財産清算人は、相続財産を管理し、借金の調査や清算手続きを行います。相続人から選任されます。
4. 官報への公告
相続財産清算人は、知れたる債権者には個別催告をし、加えて限定承認をしたこと、債権があれば一定期間内に申し出るべきことなどを、国の発行する「官報」に掲載して知らせる必要があります(公告義務)。
5. 債権者への弁済(借金返済)
官報公告の期間が経過した後、申し出のあった債権者に対して、プラスの財産の中から借金を返済していきます。
6. 固有財産の取得(先買権の行使)
田中様のように、実家など相続財産の中にある特定の財産をどうしても手放したくない場合、その財産を故人の債権者への弁済に充てる代わりに、相続人が自分の固有財産から相当な対価を支払って取得する(買い取る)ことができます。これを「先買権の行使」といいます。
これにより、実家を第三者に売却されてしまうことを防ぎ、借金を負わずにご自身の名義にすることが可能になります。この際、財産の正確な評価のために不動産鑑定士による鑑定が必要になる場合があります。
7. 残余財産の相続
借金を全て支払い終えて、もしプラスの財産が残れば、それを相続人が相続することができます。
限定承認の手続きは、相続放棄に比べて複雑で手間がかかります。また、手続きに費用もかかります。
限定承認のメリット・デメリット
改めて、限定承認のメリットとデメリットを整理しましょう。
限定承認のメリット
- 借金を自身の固有財産で返済するリスクがない: 相続したプラスの財産の範囲内でのみ責任を負います。
- プラスの財産が残れば取得できる可能性がある: 借金を清算した後に財産が残れば、それを相続できます。
- 特定の財産(家など)を失わずに済む可能性がある: 先買権を行使することで、残したい財産を自分のものにできる可能性があります。特に、商売に関わる土地・建物など、特定の財産を手放せない場合に有効です。
- 故人の財産状況(借金の正確な金額など)が不明確な場合でも、借金リスクを限定できる安心感がある。
限定承認のデメリット
- 手続きが複雑で時間・手間がかかる: 家庭裁判所への申し立て、官報公告、財産清算など、煩雑な手続きが必要です。
- 手続きに費用がかかる: 裁判所の費用、官報公告費用、専門家への依頼費用、場合によっては不動産鑑定士の費用などがかかります。
- 原則として相続人全員の同意と共同での申し立てが必要: 相続人の中に非協力的な人がいると、手続きが進められない可能性があります。
- 相続開始を知ってから3ヶ月以内という期限がある: 期間内に手続きを完了させるか、期間伸長の申し立てをする必要があります。
- 「みなし譲渡所得税」が発生する可能性がある: 限定承認の手続きの中で財産に不動産があった場合、譲渡があったものとみなされて所得税(みなし譲渡所得税)が課税される場合があります。相続税とは別に発生する税金であり、税理士と連携して検討する必要があります。
借金がある相続で悩んだら、専門家に相談しましょう
限定承認は「借金は負いたくないが、特定の財産は手放せない」という、まさに田中様のような状況において非常に有効な手段となり得る一方で、手続きが複雑で専門的な知識が不可欠です。
特に、
- 故人の借金がどれくらいあるか正確に分からない
- 実家などの不動産があり、それを残したいという希望がある
- 相続人が複数いて、全員の同意を得る必要がある
- 相続開始から3ヶ月という期限が迫っている
手続きの複雑さに自分自身で対応できるか不安
といった状況にある場合は、一人で悩まず、できるだけ早く専門家にご相談することをお勧めします
司法書士は、相続に関する法的な知識や手続き、特に家庭裁判所への申し立て手続きに精通しています。借金と不動産がある複雑な相続で、以下のようなサポートができます。
- 状況の正確な把握と最適な選択肢の提案: 田中様のケースでは、相続放棄、限定承認、あるいは単純承認のリスクなどを、財産状況やご希望を踏まえて比較検討し、最適な方法を提案します。
- 相続財産の調査サポート: 故人のプラス・マイナスの財産を正確に把握するための調査のサポートをします。
- 限定承認の手続き代理: 家庭裁判所への申し立て書類の作成、官報公告の手配など、煩雑な手続きを代行します。
- 他の相続人との調整: 全員での限定承認が難しい場合など、手続きを進めるための調整についてアドバイスしたり、必要に応じて他の相続人の方へのご説明をサポートしたりします。
- 他分野の専門家との連携: 不動産の評価が必要な場合は不動産鑑定士、みなし譲渡所得税などの税金に関わる場合は税理士といった、他の専門家と連携して対応を進めます。
特に限定承認は実務経験のある専門家が少ない手続きの一つですが、当事務所では、様々なケースの限定承認の経験があり、財産はあるが疎遠であった親族の相続、多額の負債があった相続、曾祖父名義のまま長年放置されていた相続や、孤独死などにより不動産が事故物件化したケースなど、困難な状況でも解決に導いた実績があります。
借金があるために相続することを断念する前に、「限定承認」という方法があることを知ってください。そして、その複雑な手続きは専門家のサポートで乗り越えることができます。 一人で悩まず、まずは一度、相続に強い司法書士にご相談ください。
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(コラムは、相続でよくある質問をヒントにフィクションとして構成しています)
※ご注意※
この記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する具体的な法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な法的アドバイスが必要な場合は、司法書士にご相談ください。
この記事の監修者:西川 徹
西川 徹 司法書士

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