終活をテーマにした『終活の準備はお済みですか』や、後継者不足の中小企業を描いた『この会社、後継者不在につき』などの作品がある作家、桂望実さんは、終活をテーマにした背景には、認知症の母を看取った経験がありました。桂さんに、作品に込めた思いを聞きました。
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症状が進む母と衝突しながら書類手続き 頼ったのは行政書士
――小説『終活の準備はお済みですか』は、終活を考える様々な年齢の人が登場しています。終活をテーマにしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
この作品を書いていた当時、私の母はまだ存命だったのですが、この作品の構想を考えていた当時、母は認知症と診断された直後でした。結局、認知症が進行して亡くなったのですが、当時はとても大変でした。
私は一人っ子なので、ヘルパーさんに来てもらうとか、そうした母の身の回りのことを全部私が決めなければいけませんでした。母は、自分が認知症だということを認めないものだからとても大変で、親子で衝突しながら、手続きをしていきました。
介護では多くの人が悩むと思うのですが、ヘルパーさんら家族以外の人を家に入れるということ自体も、もう大変でハードルが高くて、1人で悩むことも多く、成年後見人を頼もうと思ったんです。
―― 成年後見人をつけようと思ったのは、何かきっかけがあったんですか。
私自身、兄弟もいなければ、親戚づきあいもほぼなかったので、全部1人でやらなければならなかったんです。やはり、法律の専門家のアドバイスが欲しいと思って探しました。
いろいろ探して、あるところで行政書士さんを紹介してもらったんですが、きちんと対応してもらえずに信頼関係を築くことができませんでした。そこで、また別の行政書士さんを紹介してもらってようやく信頼できる方に出会うことができました。
結局、その行政書士の方と、母の最期まで二人三脚で伴走してもらいました。アドバイスをもらいながら手続きをしたり、母の最期の日も一緒に病院に行ってくださったり、葬儀の日や納骨の日も一緒に来てくださって、本当に助けてもらいました。
私はあまり実生活の中で作品を書く方ではないのですが、この作品については「終活をしている人はまだ少ないのだろうな、もっとやっておくべきなのだろうな」という思いから構想を練りました。
銀行口座もわからず実家を探し回る「終活しておいて欲しかった」
――お母さまは認知症だったとのことですが、「もう少し終活しておいてほしかったな」と思われたのでしょうか。
もう、毎日のように思っていましたよ。それこそ、母の財産があるのか、ないのかもわかりませんでした。銀行預金の口座がどこに、いくつあるのかを探すところから始まりました。
確認しようと思った時、母の認知症はかなり進行していて、どこにしまったのかわからない状態になっていましたので、せめて、どこかに書き残しておいてくれていたらよかったのに、と思いながら実家の中を探し回りました。
一一『終活の準備はお済みですか』の舞台は、終活サロンです。
母のことがあってから、自宅の郵便受けに「無料で終活相談を受けませんか」というチラシを見つけたことがありました。
まだ「終活サロンに行こう」という人は少ないかもしれませんが、そのチラシで終活の相談ができる場があることは知っていました。
一一物語の中の終活サロンには、様々な年齢の人がやってきます。登場人物たちは、これまでの人生を振り返る「自分史」を書くようにと1冊のノートを手渡されます。エンディングノートではなく、自分史としたのには理由があるのでしょうか。
この作品を書くために、販売されている「エンディングノート」を買ってみたんです。するといきなり「どんな葬式がしたいか」という希望を書く欄があったのですが、あまりに具体的すぎて、私の年齢ではピンとこなかったんです。
いきなり「どんな葬儀がしたいか」ということを考えることから始めるよりも、「今までどんな生き方してきたのか」というところからスタートしていった方が、スムーズに終活に入れるような気がしたんですよね。
登場人物の年齢層が幅広いので、いきなり「終活エンディングノート」というよりは「自分史」がセットになっているノートに設定した方が、入口としていいのかなと思ったんですよね。
一一終活相談に来る人は、30代から70代と幅広い年齢の人物です。当初から、終活の準備をする登場人物は高齢者ばかりではない、と考えていましたか。
その方にとっての岐路というのはいくつもあって、人生は折に触れて見直しが必要だと思っています。自分史ノートも1回書いたら終わりじゃなくって、5年経ったら考え方も環境も違うはずなので、書き直していく作業がきっとより良い人生を自分でも見つけやすいような気がします。だから、物語をそれぞれが自分史を書くという設定にして、登場人物の年齢も幅を持たせました。
――終活サロンに来る人の話を聞く相談員、三崎清は再就職で終活相談員となって登場人物に寄り添います。
清のキャラクターは、なりたくて終活相談員になったわけではなく、会社をリストラされて50代という年齢的にもなかなか雇ってくれる所がなく、とにかく必死で探して葬儀会社に就職します。けれど、そこでも「使えねえ」などと言われて、社長に同じグループの別会社である終活サロンに異動させられた人物です。
彼自身も終活に対する知識はないし、年は取っているけれど経験もない。でも、だからこそ相談にやって来る人たちに寄り添える。相談を受けながら、「ああ、終活ってそういう心配があるんだ」と知って「調べてみます」と言って答えるような人物です。
でも、下手(へた)に経験があると、その経験から「こうすべきだ」というアドバイスしかできなかったりしますけど、彼の場合は新人なので、質問をされても「じゃあ、社長に聞いてみます」と聞くような、そんな初々しさがある人物です。
また、相談者との絡みによって、読者の方も「終活を考えるときに、そんなことに困るんだな」とか、もし、自分が清からノートを渡されたら何て書こうかなと、終活を自分ごとにできるかもしれないと思い、彼のキャラクターが決まっていきました。
――作品の中で人生を振り返るための自分史ノート「満風ノート」は、登場人物にとって、また、読者の方が「自分だったら」と考えた時、どんな役割をしているんでしょう。
自分の葬式のやり方はすぐには決められなくても、例えば、「今までお世話になった人3人をあげる」というリストがあったとしたら、「そういえば、あの先生にお世話になったなぁ」とか久しぶりに思い出したりとかしますよね。
そういうきっかけがなければ、忙しい生活の中にいると、昔お世話になった方のことなんて、ついつい思い出しにくくなりますよね。でも、自分のこれまでを振り返るノートが1冊あれば、そのきっかけになりますよね。
人生を振り返ることは、決して後ろ向きなことではなくて、「お世話になった先生のように、私も誰かにとって良いアドバイスを贈れる人になりたい」と思えるかもしれません。
物語に出てくる自分史としての「満風ノート」は、過去を振り返る日記というよりは、「自分の人生って、まんざら悪くもなかったな」って思えるようなきっかけになるような気がします。
儲かっている中小企業が、後継者不在で廃業するのはもったいない
――『この会社、後継者不在につき』についても伺います。後継者に悩む中小企業を物語にしようと思われたのは、なぜでしょうか。
新聞記事で、儲かっているのに後継者不足のために廃業する中小企業が多いことを知りました。
その時、とてももったいないと感じたのがきっかけです。後を継ぐ人が誰かいれば、そのまま事業継続できるのに、儲かっている企業を引き継ぐ人がいないというのは、なんてもったいないことだと思ったんです。
そこで、出版社に次の小説のプロットを出す際、この新聞記事も資料としてつけて出しました。その場で、次の小説はこのテーマで行こうと決めました。
――舞台は、2人の子どものどちらに継がせようか悩む洋菓子店の社長、社員の中から後継者を見つけたいけれど、適任がいないとこぼすバッグメーカーの女性社長、元気だった社長が突然亡くなってしまった刃物会社です。いろんな業界をどのように決めていったんでしょうか。
まずは2人の息子への事業承継に悩む経営者、などという人間関係を先に決めていきました。そこから、業態だったら何があるだろうかって飲食だと考えて、飲食ならラーメン屋なのか、定食屋なのか、それともケーキ屋の方が面白いかな、などと検討しながら決めていきました。
ただ、最後の包丁メーカーの舞台は当初、寝具メーカーでした。原稿を150枚くらい書きながら、「何か違うな、違うな、やっぱり違う」と思うまでに原稿を150枚ほど書いて、包丁メーカーに変えて、もう一度書き直しました。
会社の魅力を教えてくれる中小企業診断士の北川
――物語で際立っているのが、経営者に伴走する中小企業診断士、北川の存在です。事業承継に悩む社長に、やや突飛ともいえるアイデアを出していきます。
北川は当初、一応いるっていうぐらいで、実は影は薄かったんです。でも、当時の編集者が北川推しだったんです。そこで、「北川に個性をつけたら、相当前に出てきちゃいますよ」と答えましたが、「その方がいいですよ」というんで個性を前面に出したら、かなり濃いキャラクターになりました。
彼の仕事は、それぞれの会社がせっかくいいものを持っているのに、その打ち出し方がうまくいってなかったり、表現の仕方が下手なだけだったりするんですよね。
実際、中小企業は自分たちだけでは自社の魅力、強みに気がつかないから、第三者から「こんなにいいところある」と言ってもらってようやく気づくこともあると思うんです。コンサルタントの北川は、まさにちょっと自信をなくした会社の魅力や、新たな視点に気づかせてくれる役割を果たしています。
――物語に出てくるのは、いずれも中小企業ですね。
私はどちらかといえば下町の方が好きなので、下町のおっちゃんが「うるせぇ、ばか野郎」とかって言いながらも職人たちから慕われている親方ような、下町情緒のある世界が好きですね。
――中小企業庁の調査では、廃業する企業のうち、約3割の企業が後継者不在が原因で廃業しています。
中小企業の社長さんは、それぞれ想いがあって起業したはずなんですよね。しかも、儲かっていても廃業する企業は、まだまだ需要があるのにバトンを渡す人がいないというのは、とてももったいないな、と思います。できればそのまま丸ごと引き続いて、会社が存続していって欲しいなと思います。
母の相続へのたぎる思いが最新作の原動力に
――『終活の準備はお済みですか?』だけでなく、事業承継を考えることも会社の終活といえます。桂さんは、ご自身で終活ノートを書いていますか。
すいません……(笑)。今の段階では、まだ書こうとも思ったことがなくて……。母の相続などで、すごく大変だったんですよ。
だからこそ、自分のことはちゃんとしておかなきゃいけない、と胸に刻んだんですけど、日々の暮らしに追われていて全然書いていません。母の相続がようやくひと心地ついたぐらいなんです。
実は、母の遺産の一部に共有不動産があったり、相続税の申告期限が迫っているのになかなか手続きしてくれない専門家がいたり……。もう本当に相続が大変でした。だから御社の「つぐなび」とか、もっと前から知っていればよかったのになぁ、と思うほど、相続が本当に大変だったんです。
――相続税申告は期限が10カ月と決まっていますもんね。
そうなんですよね。専門家とはいえ、相続に詳しい方と、そうでない方がいるんだ、と最近になって実感したんです。法律や税金の専門家であっても、相続に詳しくて経験も豊富な専門家にお願いしないと大変ですよね。
共有不動産があったり、申告期限が迫るのに全然手続きしてくれない専門家がいたりと、母の相続への熱い思いがたぎりすぎちゃったから、この想いを小説に落とし込めないかな、と思って、現在執筆中の最新作にもこの経験が反映されています。ぜひ楽しみにしていてください。
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桂望実さんプロフィール
1965年東京都生まれ。大妻女子大学卒業。会社員、フリーライターを経て、2003年『死日記』で「作家への道!」優秀賞を受賞しデビュー。05年刊行の『県庁の星』が映画化され大ヒット。ほかに『嫌な女』『総選挙ホテル』『残された人が編む物語』『息をつめて』などがある。
著者公式HPはこちら
『終活の準備はお済みですか?』(角川文庫/税込み924円)
定年が近い女性会社員、認知症の兄を抱える高齢者の三兄弟、三十代で余命を宣告された天才シェフ――。終活サロン・満風会には今日も「死」を意識した人々がやってくる。そんな彼らにアドバイザーの三崎清が1冊のノートを手渡し自分史を書くよう勧めます。最初は戸惑うものの、書き進めるうちに自分の人生の見え方が変わっていきます。
本の詳細はこちら
『この会社、後継者不在につき』(KADOKAWA/税込み1,925円)
自分が引退しても、大切な会社には末永く続いてほしい――そんな思いを抱える中小企業の後継者不足が問題となって久しい。2人の息子のどちらかに会社を継がせたい、洋菓子店の二代目社長。社内に目ぼしい人材がいないとボヤく、バッグメーカー社長。社長の急な逝去により外国人オーナーのもとで働くこととなった、刃物メーカー社員。
会社の行く末に三者三様の悩みを抱える人々に、型破りな中小企業診断士・北川は、前代未聞の経営改革案を提示する。
中小企業診断士・北川が悩める経営者を導く! ”会社の終活”エンタメ小説
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この記事の執筆者:つぐなび編集部
この記事は、株式会社船井総合研究所が運営する「つぐなび」編集部が執筆をしています。
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