フジテレビアナウンサーから弁護士に転じ、弁護士法人松尾綜合法律事務所の代表パートナーを務める菊間千乃弁護士は、所内の相続担当チームにも属して相続相談にも応じています。4月に発売された編著『おひとりさま・おふたりさまの相続・終活相談』(新日本法規)は、終活や相続に対する85の疑問に答える形で書かれています。菊間弁護士におひとりさま、おふたりさまの相続で備えておくべきことなどを伺いました。
目次
家族の形は多様化 遺産が国庫に入るだけでいいのか
――4月に編著『おひとりさま・おふたりさまの相続・終活相談』を出されました。対象を「おひとりさま・おふたりさま」としたきっかけはありますか。
政府が新型コロナウイルス対策で国民に一律10万円の特別定額給付金を出した時にも話題になりましたが、国が「家族」と言うとき、お父さんとお母さんがいて、子どもが2人いる家が典型的な「家族」として紹介されることが多いですよね。でも、果たして今、そのような家族が大多数なのかしら、と疑問を感じました。
私の周りの弁護士でもそうですし、学生時代の友人にも、おひとりさまが非常に多くなっています。また、一度結婚したけれど、今は離婚して1人だとか、離婚歴があって子どもを育てているシングルマザーもいます。男性でも子どもは離婚した前妻が育てていて自身は一人だとか、三度結婚した人もいます。
書店に並ぶ相続の本を見ても、どれも基本的には親がいて相続人となる子どもがいて、誰が相続するのかということが多く書かれています。私はもう少し家族の多様性にマッチした本があってもいいのではないかと思い、「おひとりさま・おふたりさま」に向けた本にしようと思いました。
――「おひとりさま、おふたりさま」というと、いわゆる相続をきっかけに相続人である子ども同士がもめる「争続」とは無縁な印象があります。
法定相続人がいないおひとりさまの場合、何も対策せずに亡くなると財産は国庫に入ります。ニュースなどでも報じられていますが、国庫に入るお金が2013年度には375億円だったのが、2022年度には768億円と、10年で2倍になっています。
遺産が国庫に入っても、そのお金の使途は明らかにされていません。自分が築いた財産だって自分が生きた証ですから、何に使われるかわからないという状態ではなく、自分自身がどうしたいのか、どうするべきかということを考えてほしいと思ったことがきっかけです。
そんな人たちのために、とにかくわかりやすい相続の本があればいいなと思い、すべての項目にイラストを入れました。
誰もがわかる相続本を目指し、先輩弁護士の原稿にダメ出し
――1冊の中に85の相続にまつわる質問があり、それに弁護士や税理士の先生が答える形ですが、全く相続についてわからない人が最初に読んでもわかりやすいですね。
出版社の方から「書店の法律書コーナーではなく、一般書のコーナーに置けるくらいの本を作りたい」という提案がありました。そこで、Q&A形式にして、一つのテーマを見開きで完結できる作りにし、すべてにイラストを入れることにしました。

85項目の質問に弁護士らが答える形で説明しています。文章にもこだわりました。弁護士が普段書いている言葉は難しいので、一緒に原稿を書いた事務所の先輩方に何度もダメ出しをしながら、「もっとわかりやすく」「もっと口語体で」といった具合に修正してもらいました。
最終的には私が編集しましたので、先生方の文章も修正させていただきました。とにかくわかりやすさを心がけて、これまで相続についてあまり関心のない方にも読んでほしいと思っています。
――「内縁のパートナーは相続できるの?」「おひとりさまが死後に、知り合いに死んだことを伝えるためにはどうしたらいいの?」など、法律には規定されていない疑問にも答えていますね。
そうですね。事実婚の方は多いですからね。松尾綜合法律事務所には数年前に相続チームができました。今回、本を書いていたのはそのチームの弁護士です。もともとは法人の事業承継の相談が多かったのですが、個人の方の相続のご相談も増えてきました。
私たちが今まで扱ってきた案件を踏まえ、本に取り上げる内容を決めるテーマ会議を何度も開きました。どんな順番にしたら読み進めやすいかを考え、ページ構成を検討しました。相続は税金の話題も多いので、税金の部分は一緒にお仕事している税理士事務所の税理士にも執筆をお願いしました。
「争続」になる背景と遺言書の大切さ
――菊間弁護士も相続チームに所属して、普段から相続のご相談を受けているのですか。昨今、争うに相続と書いて「争続」などと言われますが、その背景はどのように見ていますか。
私は希望して相続チームに入りました。裁判所の統計を見ても、決してお金持ちが争っているわけではありません。遺産相続で調停や審判など、裁判所で争っている案件の遺産額が1,000万円以下というケースも少なくありません。
背景には、多くの人がどこかで不公平感を感じながら生きているからだろうと感じます。例えば、自分は弟で大学には行かせてもらえなかったけど、兄の方が学歴だけでなくお金の面で親から多く支援してもらった、とか、自分が親の面倒をたくさん見ていたのに、急に兄弟から連絡が来て、法定相続で同じ扱いになるのは納得がいかないといったことがあります。
家族だからこそ普段は口にせず、「自分が少し我慢していればいいや」と思っていることが多いのでしょうが、いざ相続となった瞬間に「やっぱり我慢したまま終わるのは嫌だから、きちんとしたい」と思う方が多いようです。
相続は家族の仲が良いから揉めないということでもなく、遺産の金額が少ないから揉めないということでもありません。だからこそ、私は「ぜひ遺言書を書きましょう」と皆さんにお伝えしています。残される家族のことを本当に考えたら、遺言書を書くことが優しさであり、終活の一環だと思います。
――遺言書を書くことにまだハードルを感じる人も少なくありません。
私が担当した案件でも、遺言書がないために手続きがとても大変な事案がいくつもあります。争う、争わないという前に、まず相続人が誰なのかを確定するのにも、かなりの時間がかかるご家族もいます。
親に再婚歴があったり、子ども同士でも兄弟がずっと音信不通だったりという家も少なくありません。まずは、相続人が誰なのかを確認するのに時間がかかり、相続人全員に連絡をとるのも難しいというケースがあります。
さらに、遺言書がないと相続財産が何かもわからない。親がどこにどんな財産を持っているかなんて、子どもにはなかなかわかりません。財産調査が面倒でわからないからと放置していた結果、次々と相続が続いて、結局、お父様、お母様、長男の分をまとめて相続手続きをしなければならなくなった、というケースもありました。
相続人の誰にどの遺産を分けたいのか、ということが決められないのであれば、そこは書かなくてもよいです。ただ、自分の財産として、何が、どのくらいあるのか、そして相続人は誰なのかを書いておく。それだけで残された子どもたちの相続手続きは、かなりスムーズになると思います。
「うちは兄弟仲が良いから大丈夫」は大丈夫じゃない
――「うちは兄弟仲がいいから、遺言書など書かなくても大丈夫」と思う親世代も多いようです。
子ども同士が相続をきっかけに仲が悪くなることはよくあります。それを望まないのであれば、親の世代の方々には、遺言書を書かれることをお勧めします。

遺言書がないまま、被相続人が亡くなってしまうと、「生前、母さんは俺にくれると言っていた」「いや、私と話した時には私のものにしていいと言っていた」などと争いに発展する可能性が大きいです。兄弟姉妹の相続の話に、それぞれの配偶者が入ってきたりすると、さらにややこしい問題になります。
また、遺言書には、残された家族へのメッセージという意味合いもあります。法的に書くべきことを書いたら、そのあとには、付言事項といいますが、遺言書の内容を決定するに至った想い等も記載しても構いません。むしろ、親の想いを遺言に残すことで、それを受け取った子どもたちの納得感は増すのではないでしょうか。
自分が亡くなった後、争いを起こさないために自分ができることは何だろうと思ったら、遺言書を書いておくことです。それが次の世代に対する優しさだと思います。
自分の意思を付言事項に遺すことで伝わること
――遺言書で法的な効力は持たないものの、遺言者の気持ちや意向を伝えるために書く「付言事項」に思いを残しておくことも大切なのですね。
そうです。とても大事だと思います。私がかつて遺言書の「検認」で立ち会ったのは、亡くなって3年経ってから見つかった遺言書でした。
遺言書をのこしたのはおじいさまで、検認にはお子さんたちと、妻であるおばあさまが一緒に立ち会いました。当然、子どもたちにも相続権はありますが、遺言には遺産はすべて妻であるおばあさまに相続させるとありました。その理由が付言事項に書かれていました。
自分は親から何も相続しなかった。だから、自分が相続財産としてみんなに渡せる財産は、全て自分と妻の2人で作ってきた財産だ。だから、自分が亡くなったら財産は全部妻のもので、妻が亡くなる時には妻が子どもたちにあげてほしいといった内容が書かれていて、深く感動しました。
単に「100%妻に相続させる」とだけ書かれていたら、子どもたちは「自分にも最低限保障されている相続分の遺留分がある」と主張する可能性もありますし、母であるおばあさまとの関係が悪くなる恐れもあります。
でも、父親から遺産のすべてを妻に相続させる思いが書かれていると、子どもたちも「父がそういう想いなら、尊重しよう」と心から素直に思えるのではないでしょうか。
――菊間弁護士は、遺言の作成にも関わられた経験がありますか。
余命があとわずかだと医師から告げられた方の公正証書遺言の作成に関わったことがあります。公証人の方に病室に来ていただいて作成しました。その方は法定相続分通りではなく、遺産を相続させたいという意思をお持ちでした。
そこで、遺産の分け方についての考えを付言事項で書くことをお勧めし、その想いを書いてもらいました。遺言書がなければ、いくら私が顧問弁護士としてお付き合いしていても、「ご本人はこう言っていました。だから、こういう分割をしてほしいそうです」と言っても、本当なのかなと疑念を抱かれますよね。
でも実際に病室で公証人が立ち会って遺言書が作成されたとなれば、偽造ということもないですし、相続人のみなさんも「お父さんの想いを汲みます」ということで、遺言書通りに分割して終わりました。
――子どもがいる人も、おひとりさまも、おふたりさまも、自分の意思を明確に伝えることが大切ですね。
そうです。自分の人生をかけて築いてきた財産を次の世代にどう使ってほしいか、という自分の意思表示をするのが遺言書でもあるのかなと思います。遺言書は単に財産の分け方を示すだけでなく、自分の想いや価値観を、残された家族に伝える手段としても大切だと思います。
また、おひとりさま、おふたりさまにとっても、私には子供がいないから、死んだあとのことはどうでもいいわ、ではなくて、自分が築いた財産を、誰にどのように使ってほしいかという意思を示すことは大切なことだと思います。遺贈寄付をご提案しているのですが、人生で使わなかったお金を、自分の想いを実現してくれる次の世代に託すことで、未来とのつながりを感じながら、人生を終わらせ、天国に旅立つということも、清々しくて気持ちいいのではないかなと思います。
所属する法律事務所の相続チームのメンバーでもある菊間千乃弁護士は、相続セミナーなどでも積極的に相続対策をしておくことの大切さを話しています。後編では、依頼する弁護士選びをするポイントについても聞きました。
後編のインタビューはこちら
菊間千乃さんプロフィール
弁護士法人松尾綜合法律事務所 代表社員 弁護士 公認不正検査士
早稲田大学法学部卒業
1995年、フジテレビにアナウンサーとして入社。
2011年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。紛争解決、一般企業法務、コンプライアンスや危機管理等の業務を中心に幅広く手がけている。各種セミナーも毎年数多く担当しており、金融機関での相続セミナーなども精力的に行う。事務所内の相続チーム所属。
『おひとりさま・おふたりさまの相続・終活相談』(新日本法規/税込み2,200円)

「おひとりさま」や「おふたりさま」の相続や終活にまつわる疑問に、菊間弁護士ら相続問題のエキスパートである弁護士と税理士がわかりやすく解説しています。法律や税金の難しい問題も、モデルケースやイラストを使って説明されています。
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この記事の執筆者:つぐなび編集部
この記事は、株式会社船井総合研究所が運営する「つぐなび」編集部が執筆をしています。
2020年04月のオープン以降、専門家監修のコラムを提供しています。また、相続のどのような内容にも対応することができるように
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